7
喉に何かが詰まっているかと思うほど、苦しい。
蒼は、変わってしまった。
前の蒼は、こんなことしなかった。
優しかった。
すごく優しかった。
前の蒼なら、俺をこんな状態にしてまで閉じ込めようだなんて思わなかったはずだ。
嫌だと言ってるのに、俺のためだとか言って足まで動けなくして閉じ込めようとするだなんてどう考えてもおかしい。
彼は俺の跳ね除けた手を辛そうな表情で、ぎゅっと握った。
俺の方を向く。
「まーくん、本当に帰りたい…?」
「…っ、帰りたい…」
「そう…」
珍しく素直にうなずく蒼に、帰らしてくれるのか、と期待を込めて見つめれば。
「帰りたいって、どこに帰る気…?」
不意に、声のトーンが低くなった。
感情のない暗い目。
その瞳がそらされることなく、じっと俺を見据える。
ドクンと胸が跳ねた。
「え?」
俺から逸れる蒼の視線を追って、俺もそれを見た。
どこかの家の、売却の契約用紙。
「…っ、」
息を呑む。
信じられない。
目に映るものが、信じられない。
……夢だと思いたかった。
嘘だと思いたかった。
眼球が熱くなる。
視界がぼやけていく。
…こんなことって…。
「…っ、う、そ…うそだ…」
嘘だと信じたくて、何度もそれを目で確認する。
「嗚呼、もう。まーくんに泣かれると、どうしたらいいかわからなくなる…」
困ったような表情のまま抱き寄せられて、よしよしと慰めるように頭を撫でられる。
すぐそばにある体温。
耳元で、トクントクンと鼓動を刻む身体。
「……」
もう、何も考えられない。
ただ、突きつけられた非情な現実に、涙を流すことしかできなかった。
「…これでまーくんにはここ以外、どこにも帰る場所なんてなくなった」
彼は、どこか安心したような表情で。
…でも、とても綺麗な笑みを浮かべて、俺を抱きしめた。
――――
売却済。
そこに書かれた住所は、俺が住んでた場所。
[back][TOP]栞を挟む