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…俺に飽きたんだったら、納得できた。

飽きられたなら、捨てられて当たり前だから。
人間の愛情なんて、一時的な病気みたいなもので。
誰かを好きになって最初はすごく大切に思っても、しばらくしたら飽きる。


そうしたらお気に入りの玩具を交換するように、古いものはポイ捨てされるんだってわかってる。


「…(でも、)」


でも、最後に聞いた蒼の言葉も、表情も、…全部、俺を拒絶してる感じじゃなくて。

…むしろ、俺に助けてほしいって、言ってるみたいだった。

今はまだ、俺は蒼に必要とされてる気がするから。

ぎゅっと拳を握りしめて、微笑む。


「大丈夫ですよ、彼方さん」


多分、と心の中で呟く。 

言葉にすると、本当に大丈夫なような気がしてきた。

自分のことくらい、今度こそ、自分でなんとかしてみせる。

誰にも、迷惑はかけないようにする。


「…真冬くん、」


じっと俺を見つめる彼方さんに、へらっと笑う。
やっぱり、気持ちは変わらない。

もう一度、蒼とちゃんと向き合って、話がしたい。

彼方さんが、そんな俺から目をそらして伏目がちに俯く。
表情が暗くなる。


「1つだけ確認してもいい?」

「…?、はい?」


その言葉に、キョトンと目を瞬いた。

緊張したかのように一度、きゅっと唇を強く結んで、ゆっくりと俺に視線を移した。

その視線を逸らすことなく、受け止める。


「…君は、本当に”蒼”と一緒にいたいって、思ってる?」

「へ?」


一瞬言われた言葉の意味が理解できなかった。
いや、意味が分からないというより。

どうして、その言葉を強調するんだろう。


(蒼と”一緒にいたいか”じゃなくて、”蒼”と、って、どういう…)


明らかに、彼方さんの言葉は、何か違う意味を含んでいるように思えた。  

混乱する俺に、彼方さんは「…言い方を変えた方がいいかな」と小さい声で呟いた。

再び問いかけられる言葉。


「君が一緒にいたいと思ってる人は、…本当に”蒼”?」

「…え?」



わからない。


彼方さんが、何をいいたいのか全くわからない。
どうして、そんなこと聞くんだろう。


…まるで、俺が一緒にいたいと思ってる人が蒼じゃないんじゃないかって言いたいみたいに。


「…え、あの、」


オロオロと戸惑って返事に困る。

そんな俺に、ふ、と彼方さんが頬を緩めた。
緊迫していた空気が緩む。


「まぁ、いいや。気にしないで。…俺の考えすぎ、かもしれないから」

「…??」


歯切れの悪い言葉に、怪訝に眉が寄る。

気にしないでって言われても、そんなに中途半端に言われたらすごく気になるに決まってる。 

俺がばかだからわからないのかもしれないけど。

でも、…だからこそ俺が理解できないせいではぐらかされた、というか、答えを求めたけど相手(俺)の理解力が低いせいで、見放された感じがする。


「…うん、いいんだ。多分、それでも…」

「あの、俺、よくわかんなくて、」


ぶつぶつと小さく呟いて、何か思考を巡らせている様子を窺うように覗き込む。

何か、俺、彼方さんに今までの言葉で変な事言ったっけ…?

思い返してみても、特に思いつかない。

しばらく沈黙していた彼は俺の視線を受けて、うん、と頷いた。


「わかった。真冬くんが強く望むなら、連れていくよ。一応、会えるように手配はしてみるつもりだけど、無理かもしれないから、あまり期待はしないでほしい」

「…っ、それじゃあ、」


声を弾ませる俺に、「待った」と制止の声がかかる。

はぁと疲れたように息を吐いて、彼は俺に挑むような視線を向けた。


「最後に、言っておかないといけないことがある。…これは、言うかずっと迷ってたんだけど、…やっぱり真冬くんは考えが変わらないみたいだし…」

「なんですか?」


言いづらそうに顔に影をおとす彼方さんに、緊張してごくりと唾を飲みこむ。


「そんな状況にはできるだけならないようにする予定だけど…万が一、その、真冬くんが…父に見つかるようなことがあれば、」

「…あれば?」


続きを聞くのが怖い。
けど、…躊躇いつつも、先を促すような言葉が口から零れ出る。


「会ってしまえば、見つかってしまえば、…多分、…いや、確実に真冬くんは死ぬ」

「……」

「それも、きっと弄ぶだけ弄ばれて、無残な、酷い死に方をする」


見つかれば、捕まったら、俺が死ぬ。

なんて、そんな言葉は、思わず笑ってしまうそうになるほど嘘っぽい話で。

…けど、それにしては重い表情で、彼は漫画やアニメでしか聞いたことない台詞を言ってのけた。

それは、あまりに現実味のない言葉。

まるで俺を怖がらせて、脅かそうとしてるんじゃないかと思うほど。

…でも、その口調と彼方さんの表情はあまりに真剣で、冗談を言っているようには聞こえない。

それでも行きたいのかと問う視線に、すぐには答えることができなくて。

ましてや、それを笑い飛ばすことなんてできそうにもなかった。

――――――――――

まるで他人事のように、聞いていた。
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