***

彼方さんは学校に通ってるから、蒼のいる場所には土日に行くことになった。

一応普段通り出席してないと、もしかしたら何か父に勘付かれるかもしれないという彼方さんの考えからだった。


(…そこまで思い至らなかった)


すぐにでも行けると思っていただけに意気消沈して落ち込む俺を、彼方さんは優しく笑って慰めてくれた。

あと、自分でも気づいてなかったのだが。(これが一番驚いた)

いきなり俺の額に手をあてて微妙な表情を浮かべる彼方さんに、どうしたのかと聞いたら、そもそも俺を蒼から手渡されたときに俺は高熱を出していて、何日間も寝込んでいたらしい。

…そして、看病を彼方さんがしてくれていたそうだ。

申し訳ないことに、全然覚えていなかった。

だからあんなに涙腺が緩んでいたのかと思うほど、確かに最初の日、自分でも驚くほど取り乱していた。

そして、彼方さんに離れないでと何度も泣きながら縋りついた…気がする。

起きてからも少し身体が怠かった気がするけど、全然体調が悪いとは考えもしなかった。

自分で熱がある自覚がないのが一番心配だと彼方さんに言われた。

そんな恥ずかしい思い出を振り返りながら、重い瞼を持ち上げる。


「………」


ゴトンゴトンと揺れる電車内。

隣に座って目を瞑る彼方さんをチラリと一度盗み見して、すぐに視線を戻した。

ゆっくりと流れる窓の外の景色を眺めながら、もう一度今回の目的を頭の中で復習する。

家を出る前に彼方さんと確認し合ったことだ。

まず、単独行動しないこと。
蒼の父親に見つからないように(勿論部下にも)、蒼に(できたら)接触する。

それは彼方さんがなんとかしてくれるらしいけど、具体的なことは教えてもらえなかった。

でも、期限は3日(土日は休みで、彼方さんの学校は月曜は祝日だから休みらしい)として、万が一会えなくても月曜日の朝には必ず帰るという事。

……これが、今回の俺と彼方さんとの約束。

蒼のいる場所は、俺のずっと監禁されてた場所、本家だ。

…もしも蒼がずっと屋敷の中にいるなら、会える確率は…ゼロだ。

ついてきてほしいとは思うけど、やっぱり彼方さんに甘えすぎだよなと思った。

「自分一人で行く」と言えば、彼は心配だから一緒に行くと言ってくれて、…本当に迷惑かけっぱなしで、申し訳なさ過ぎて頭も上がらない。


ゴトンゴトンと揺れる振動を身体で感じながら、窓に頭を預けて、静かに瞼を閉じた。

蒼のいる場所まではまだまだ遠いんだから、少しくらい眠ってもいいか。

―――――――――――――

それは、嵐の前の静けさ。

もう訪れないだろう、最後の穏やかな時間だった。
prev next


[back][TOP]栞を挟む