秘密裏1

声が、聞こえる。


穏やかな海の中のような眠りの中で、優しい声が響く。



「…くん、真冬くん、着いたよ」

「…っ!!わ、」


肩をゆすられて、ビクッと大げさなほど肩が震えて目が覚めた。

「え、あれ…?、」と寝ぼけ眼で周りをきょろきょろ見回す俺に、彼方さんがおかしそうに小さく笑う。


(やば、涎たれてた…ていうか、いつの間にか寝てた…のか、俺)


窓の外を見ると、とっくに夕陽は沈んで、真っ暗だった。

(着いたんだ…)

ぼうっとして現在地を理解しながら、何の気なしにぐいと口元を袖で拭ってから、あ、しまったとフリーズした。

…俺の服ないから彼方さんの洋服借りてるんだった。
人の服に汚いものを塗り付けてしまった。


(うう…面目ない…)


立ち上がって、彼方さんが座席の上の荷物置きに置いた鞄を取ってくれた。


「これ、被っておいて」

「うわっ」


何かを頭の上に乗せられる。
驚いてそれを手に持ってみれば、…帽子だった。


「これ、」


「一応、念のため」と硬い声で呟いて、彼もいつの間に鞄に入れていたのか、取り出した帽子をかぶった。


「じゃあ、はぐれないように一緒に行こう」

「…、はい」


辺りを警戒しているのか、どことなく緊張で強張った表情の彼方さんが手を差し出してくる。


「…?」とその動作の意味がわからなくて首を傾げて、不意に彼方さんが出かける前に「ちょっとでも離れると危ない」と言っていたことを思い出して。

その真剣な様子を見て、俺も緩んでいた気を引き締めるように、ぎゅっとその手を握った。


(…無事に、蒼と会うために俺も気をつけないと。彼方さんにも無理言って蒼と会わせてもらえるようにしたんだから…)

流石に男同士で手をつなぎながら歩くのは人目があって、色々な人になんか注目されていて、すごく恥ずかしかったけど、「殺される」とまで言われた手前離すのも怖いし、彼方さん自身もそんな人目を気にしていないようだった。


なんか駆け落ちするカップルみたいだな、と一瞬だけ思ってしまった。


(…でも、確かに俺達は他の人に構ってる場合じゃない)


そして、彼方さんはなるべく俺を人目から隠すようにさりげなく通路側を歩いてくれた。

……ホテルの部屋に入った瞬間、相変わらず緊張ぎみに強張った顔をしている彼方さんは、バスルームを覗いたり棚を開けたり、誰か不審者でもいないか確認しているようだった。

…ホテルってこんなでかいんだ、綺麗なんだと目を丸くして硬直していた俺とは正反対だ。

白くてふかふかした大きなベッドに、夕陽みたいな色の灯り。

さすがに蒼のお父さんだって俺たちがここに来たとも思ってないだろうし、ましてやホテルに先回りしているはずもないだろうと思っていただけに、その素早い行動に面食らった。


「ふー、一応これだけしておば少しは安心かな」

「おつかれさま、です」



ベッドに腰をかけてからほうっと息を吐いた彼方さんが、身体から力を抜いて表情を和らげる。

その姿をぼうっと見ていると、俺の視線に気づいてふわりと笑った。

いつも通りの彼方さんに安堵して、固まっていた筋肉がほぐれていくのを感じる。


「今日はもう遅いから、行動を起こすのは明日にしようか」

「…はい…、ありがとうございます」


確かに、時計を見ればもう22時を過ぎている。

こんな時間からさすがにまだ何キロか距離のある蒼の家に行こうとは思わなかった。
隣にギシリと音を立てて座って、俺の頭を撫でる彼方さんにこくんと頷いてお礼を言う。


(…本当に彼方さんがいてくれてよかった…)

何度思ったことだろう。
彼方さんには感謝してもしきれない。

…今、蒼と同じ市内にいるんだ。

それを考えるだけで、鼓動が速くなった気がして、ぎゅっと汗ばんだ手を握りしめて。

ふいに視界に入ってきたカーテンに興味を惹かれる。
分厚いカーテンの向こうが気になってカーテンをめくろうとしたら、「外から見られるかもしれないから絶対に開けないでね」とこれ以上ないほどのにっこり笑顔で釘を刺された。

(うう、怒られてしまった、…)

親に叱られた子供のような気分で「は、はい…」としょぼくれて首を縦に振って、軽く落ち込むのであった。
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