ホテルに到着(彼方ver)
***
ホテルでの朝は酷く穏やかな眠りから始まった。
もうすぐ11時。
お昼近いというのに、…なんでだろう。
困ったなぁと悩んで、そこにある山に目をむける。
…勿論、本物の山ではなく、真冬くんが眠っているベッドが山のように膨らんでいるだけなのだが。
7時くらいに目が覚めて、その時も起こしたのに真冬くんは「眠たい」と言って、冬眠中のクマのようにベッドの中にもぐりこんでしまった。
「真冬くん、真冬くん」
「…む、あと五分、だけ…」
俺が布団の上からその身体を揺さぶれば、穏やかな眠りを妨げようとする声を振り切るように、かけ布団を頭の上まで持ち上げて手で布団をめくられないようにと押さえこんでしまった。
昨日の夜、初めて寝る布団に興奮していたのか、深夜2時くらいまではしゃいでいたせいで眠たいんだろう…。
わかるんだけど、…そろそろ行動しないと今日中に帰れなくなる。
…真冬くんには月曜日って言ったけど、できるならさっさと今日用事を済ませて戻った方がいいに決まってる。
それに、真冬くんには会えるようにするって言ったけど、できるなら会わせたくないというのが本心で。
…でも、真冬くんの気持ちを考えると会えた方が嬉しいんだろうな、なんて多分まるっきり危機感のなさそうに小さく動いた山を見て、もう一度ため息をつきたくなる。
「さっきもそう言ってたよね。もうすぐ、お昼だよ」
「…んー」
起きる気配がまるでない。
「……」
仕方ないなぁと思いながら、いいことを思いついて、得意げに笑みを浮かべた。
中に真冬くんが収まっているだろう、かけ布団をむんずと掴んで、引っ張る。
思い切り引っ張ったので、布団だけ全部はぎとられて身体を猫みたいに丸めて穏やかに眠る様子が視界に入る。
…これだけ気持ちよさそうに眠ってて起こすのは忍びないけど。
「起きないと、キスするよ?真冬くん」
「…っ、……ん…」
「…ほら、3、2…」
「……………え、…………うわ、うわわ…!!え、彼方さん…?」
秒読みで数えながら顔を近づけていけば、流石に顔の間近くまで来たその気配に気づいたらしい。
あまりにも至近距離で目が合ったせいか、彼は驚いたようにキョトンとして、直後、状況を把握したのだろう、だんだんその目が見開かれていくのを見た。
「な、なんで、こんな近、…っ」
あわあわと震える唇は言葉を形にしない。
なんで近いのかと言いたいのだろう。
必死に笑いをこらえながら、なんだか楽しくて自然と笑みが浮かぶ。
我ながらベタな遊びだと思ったけど、試してみると案外面白いものなんだな。
「おしい。あとちょっとだったのに」
「え、…え、…?」
状況を把握することはできているけど、脳が状況に追いついていないらしい。
狐につままれたような表情を浮かべて、そしてその後状況を完全に把握したのかじわじわと頬を染める真冬くんがなんだか可愛らしくて、笑いだしそうになるのを必死に堪えながら、顔を離した。
また山に戻ってしまうだろう本当に子どもそのままのような彼に、「会えるように動いてみる」とだけ言葉にすれば”誰に”なんて言わなくても、彼のその表情の変化を見ればちゃんと意味が伝わってることが分かった。
「おやすみ」と頭を撫でてから、部屋から出る。
しっかりと鍵がしまったのを確認してからホテルを後にした。
[back][TOP]栞を挟む