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「…ッ」


ずっと頭を殴られているかのような頭痛の連続。
ああ、狂ってしまいそうだ。
ご主人様の言葉は、すべて嘘だと、全部違うと否定したいのに、心のわずかな部分がそうさせてくれない。

…今聞いたことは、全部本当…なのか?

じゃあ、今までそうだと思ってた記憶は…?
”あの人”のことはまだしも、母さんの記憶は?

…全部、間違ってる…?

あの記憶の中の優しい笑顔も、俺を抱きしめてくれたあたたかさも、全部、夢――?



そう考えた瞬間、悪寒がして身体が震える。

そんなの、いやだ。

全部嘘だなんて、そんなこと、今聞いた話が本当だなんて、そんなこと…ない。

信じたくない。

もし、それが、今の俺の記憶が全部嘘だなんて、そんなことが起こってしまったら。


…俺は、自分が信じられなくなる――。

ゾクリと嫌な予感が胸いっぱいに広がっていく。


「…っ、やめ…っ、やだ…ッ、やだ…っ、…蒼…あおい…ッ」


無意識に俺の心は蒼を求めてしまう。
本当に誰かに助けてほしい時に助けを求めてしまうのは、蒼だけだ。

ああ、そうだった。

いつも、こんなふうに取り乱した時に近くにいて、ずっと俺を落ち着かせてくれたのは蒼だった。

何故かわからないけど、蒼は俺が取り乱すたびに、何も聞かずにずっと俺を抱きしめて「大丈夫。大丈夫」って何度も繰り返し言って安心させてくれた。

その体温が、声が、優しくて、好きで。

一度その感覚を覚えてしまえば、もう離れたくなくなるような、蒼といる時いつもそんな感情になった。


(…っ、)


手を宙に伸ばして、助けを求めれば。

その腕を掴まれて、唇を塞がれた。
突然唇に触れた柔らかい感触に、目を瞬く。


「家畜。お前の飼い主は誰だ」

「…っ、ぁ…ふッ、やだ…ッ、やだ…っ」


一度は静かになった声も、離されればパニックになった頭では、黙るなんて選択肢も思い浮かばずに、すぐに涙による震えの入り混じった声が口から漏れる。

助けて。誰か。助けて。

いやだ。いやだ。いやだ。


「おい、家畜。聞け」

「や…っ」

「聞けって言ってんだろうが…っ!」

「…っ!!」


逃れようと身体をよじれば、パシッと乾いた音が響く。
頬を強く殴られて、その強い衝撃に、身体が地面に倒れる。


「…っぅ…」


首輪の鎖を掴んで無理矢理身体を起こされる。
首がキツく締まる。
ジャリと鎖の音が鳴る。


「まだ自分の立場がわかってないらしいな。お前」

「…ぁ、」


低く苛立った声に、しまったと青ざめた。
血の気が引く。

やばい。怒らせてしまった。


「…ッ、が…っ」


もう一度頬を強く殴られて、それだけで意識が飛びそうになる。
舌を噛んで、口の中から血が出てきた。
苦い鉄の味。


「今、お前を飼ってるのは誰だ?」

「…ご…しゅ…じんさま…っ、です…」


舌と頬の痛みのせいで、うまく話せない。
途切れ途切れにそう答えれば、一瞬無言になった御主人様が首の鎖を引っ張ってさらに首を絞めつけてくる。


「ぁ…ッ」


顔に血が上る。
どくどくと脈打つ。
気管支が異常に締まって、よだれが口から零れ出る。


「お前には俺しかいねえんだよ」

「…ぁ…ッ、ご…め…っ、なさ…ッ」

「お前の命は俺が握ってんだってこと、忘れんじゃねえよ」

「…はい゛…ッ、」


意識を失いそうになった瞬間。
涙を零しながら頷けば、やっと首の圧迫感が緩められる。
床に放り捨てられて、酸素不足のせいで顔が痺れて動けない。


「お前、一之瀬蒼に、恋でもしてんの?」

「……っ」


大げさなほどビクリと身体を震わせた俺を揶揄うような、馬鹿にするような声。
床に触れた頬が熱い。


「は…っ、こりゃあ、傑作だな。お前、ドM?」

「…は…ッ、…っ」


息が整えられない。
ごほごほと咳き込む。

恋なんて、そんなんじゃなくて。
ただ、俺は蒼に傍にいてほしいって思ってて。

…他には何も、いらない。

そう思えるほど、俺は蒼の存在を求めてる。

蒼のことを考えるだけで、少し気分が落ち着く。
そうして、ふ、と息を吐いた瞬間に、声が聞こえた。


「本当、馬鹿な家畜。アイツはもうお前なんか見限って、他に女がいるってのになぁ?」

「…え?」


…耳にはいってきた言葉に、頭を殴られたようなショックが全身を貫いた。

他に、女…?
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