6

耳元で後ろから声は囁いてくる。


「アイツの秘密、教えてやろうか」

「…っ、や、」


もういい、やめて、と首を振る前に、もう声はその言葉の先を告げていた。

知りたくないのに。もう聞きたくないのに。耳の傍で囁かれる言葉を、聞いてしまう。


「自分に気のあるそぶりのヤツを見かけては家に連れ込んで監禁。レイプ。でも、最初嫌がってたヤツらも、皆最後にはあいつに心まで奪われて、崇拝して、依存して、最後には捨てられる。」

「……あおい、が…?」



嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ嘘だ――――。
俺以外にも、沢山こんなことしてた?
俺だけじゃなくて、他の人もたくさん無理矢理犯してた…?

崩れていく。俺の中の蒼が、ぐちゃぐちゃになって壊れていく。


「おら、これが証拠写真」

「…――ッ」


それを見た瞬間、目を見張った。
息を呑む。


何人もの学生の写真。男…女…どこかで見たことあるような顔ばかりがそこにあった。
誰もかれもが鎖で手足を縛られて、その身体に着ているものは裂けて、汚れていた。
顔には殴られた跡もあって、皆悲痛な表情を浮かべている。


学校のような校舎の中で蒼と話している写真も一緒にある。
それは、確かに蒼と親しげに話している雰囲気で。

その写真の中には、板本君の姿もあった。
そして、いつか俺を襲ってきた不良学生の姿も。


”蒼様は…ッ、あんなに僕を激しく愛してくれたのに”

”なんで…っ、蒼様…ッ”


記憶に残っている色々な人の声。

あれは…今の俺みたいに…全部蒼に捨てられた?


「……ぁ、」


ある一枚の女子学生の写真で彷徨っていた視線が止まる。
今の今まで、写真を見るまで思い出せなかった。

…いや、いつの日からか、まったく思い出さなかった。
でも、今顔を見てはっきり思い出した。

そういえば…中学の時同じクラスだった…。


(…紫苑)

バイブ。
教室。
液体。


「…――ッ」


頭が真っ白になる。

どうして、どうしてこんな衝撃的な光景を見たことを、…今まで忘れていたんだろう。

俺はあの時、紫苑が消えたことにすら、気づいてなかった。

…なんで?なんで、俺は覚えてなかったんだ…?

ぐらぐらと視界が揺れる。

”今まで誰か、人がいなくなったことなかったか?”

…そうだ。俊介にも言われたんだ。


でも、俺は全く気付いてなくて。
そんなことないってその言葉を否定した。


…蒼が、あの蒼が、そんなことしてると思いたくなくて。

ずっと、一緒にいたのに、俺は…何も知らなかった。気づかなかった。


「”友達”なんて言葉に騙されて、ばっかじゃねぇの?」

「…っ、」

「アイツはただ、お前が邪魔だったんだよ」

「…ッ、ぅ…ぁ、…っ、や…っ、いやだ…っ」


違うと言いたいのに。違うと思いたいのに…そう思えない。

耳に届く残酷な言葉に、息がとまりそうになる。

もうこれ以上見て痛くないと、そのあまりにも露骨な写真から目を背けようとすれば、後ろから頭を掴んだ手で無理矢理引き戻された。


「は…っ、信じやすい人間ってのは本当滑稽だぜ。ざまあねぇな。」

「…っ、ぁ…、や…や…ッ、やだ…ぁッ、もう、いやだ…ッ」


感情が堰を切って溢れ出す。

熱くなる眼球に耐えきれず瞼を閉じる。

口の中に途方もない量のあたたかい涙が零れおちてくる。
手で耳をおさえたくても、強く握られた手は離れることはなくて。
顔を背けたくても、頭を掴まれて無理矢理見たくないものを見せられた。


「もう…っ、いい…、もう…っ知りたくない…ッ」


泣き叫びながら、必死に身をよじった。
背中に乗られてるのに、身体を無理矢理動かしたせいで、腕、足、床に触れてる皮膚全部が擦れて皮がめくれて血を滲ませる。
見たくない。見たくない。見たくない。
今すぐにどこかこれが見えない場所に行きたい。

…そう叫んでも、許されるはずなんてなかった。


「認めろよ。お前は捨てられたんだってな」

「…ああ…ッ!!嘘だ!嘘だぁあああ…!!」


嘘だ。全部嘘だ。俺は捨てられたわけじゃない。ちょっと、今蒼と離れてるだけで、捨てられたわけじゃない。
ぶんぶんと首を横に振る。
違う。そんなの、違う。


「アイツは…一之瀬蒼は、お前のことなんか性欲処理にしか見てなかった」


違う。違う。違う。違う。違う。


「アイツはお前の事なんか本当はどうでもよかったんだ。だから嫌だと言っても、アイツは自分の欲求の為に、謝れば何されても許してくれると思ったから、お前を無理矢理犯した」


違う。違う。違う。違う。


「優しくしてやれば友達面してやれば、お前は何をしても許してくれるから。アイツは、お前のことなんて最初から友達だなんて思ってなかったんだ」


違う。違う。


「本当に自分が好かれてると思ってたのかよ。好きな人間を無理矢理襲うか?普通、そんなわけねぇよなぁ?大切なやつだからこそ、そうしない。でもあいつはお前を襲った。嫌がるお前を捕まえてセックスした。ナニをぶちこんだ」


違う。


「何度も犯されて、ごめんって言われて許して、監禁までされて…ずっと犯される日々の繰り返し。そんなの、”友達”って言えるのか…って、ずっと思ってたんじゃないのか?」

「…――っ、ぅ…っ、ひ…ッぁ、」


強く頭を振って、否定する。
prev next


[back][TOP]栞を挟む