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耳元で後ろから声は囁いてくる。
「アイツの秘密、教えてやろうか」
「…っ、や、」
もういい、やめて、と首を振る前に、もう声はその言葉の先を告げていた。
知りたくないのに。もう聞きたくないのに。耳の傍で囁かれる言葉を、聞いてしまう。
「自分に気のあるそぶりのヤツを見かけては家に連れ込んで監禁。レイプ。でも、最初嫌がってたヤツらも、皆最後にはあいつに心まで奪われて、崇拝して、依存して、最後には捨てられる。」
「……あおい、が…?」
嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ嘘だ――――。
俺以外にも、沢山こんなことしてた?
俺だけじゃなくて、他の人もたくさん無理矢理犯してた…?
崩れていく。俺の中の蒼が、ぐちゃぐちゃになって壊れていく。
「おら、これが証拠写真」
「…――ッ」
それを見た瞬間、目を見張った。
息を呑む。
何人もの学生の写真。男…女…どこかで見たことあるような顔ばかりがそこにあった。
誰もかれもが鎖で手足を縛られて、その身体に着ているものは裂けて、汚れていた。
顔には殴られた跡もあって、皆悲痛な表情を浮かべている。
学校のような校舎の中で蒼と話している写真も一緒にある。
それは、確かに蒼と親しげに話している雰囲気で。
その写真の中には、板本君の姿もあった。
そして、いつか俺を襲ってきた不良学生の姿も。
”蒼様は…ッ、あんなに僕を激しく愛してくれたのに”
”なんで…っ、蒼様…ッ”
記憶に残っている色々な人の声。
あれは…今の俺みたいに…全部蒼に捨てられた?
「……ぁ、」
ある一枚の女子学生の写真で彷徨っていた視線が止まる。
今の今まで、写真を見るまで思い出せなかった。
…いや、いつの日からか、まったく思い出さなかった。
でも、今顔を見てはっきり思い出した。
そういえば…中学の時同じクラスだった…。
(…紫苑)
バイブ。
教室。
液体。
「…――ッ」
頭が真っ白になる。
どうして、どうしてこんな衝撃的な光景を見たことを、…今まで忘れていたんだろう。
俺はあの時、紫苑が消えたことにすら、気づいてなかった。
…なんで?なんで、俺は覚えてなかったんだ…?
ぐらぐらと視界が揺れる。
”今まで誰か、人がいなくなったことなかったか?”
…そうだ。俊介にも言われたんだ。
でも、俺は全く気付いてなくて。
そんなことないってその言葉を否定した。
…蒼が、あの蒼が、そんなことしてると思いたくなくて。
ずっと、一緒にいたのに、俺は…何も知らなかった。気づかなかった。
「”友達”なんて言葉に騙されて、ばっかじゃねぇの?」
「…っ、」
「アイツはただ、お前が邪魔だったんだよ」
「…ッ、ぅ…ぁ、…っ、や…っ、いやだ…っ」
違うと言いたいのに。違うと思いたいのに…そう思えない。
耳に届く残酷な言葉に、息がとまりそうになる。
もうこれ以上見て痛くないと、そのあまりにも露骨な写真から目を背けようとすれば、後ろから頭を掴んだ手で無理矢理引き戻された。
「は…っ、信じやすい人間ってのは本当滑稽だぜ。ざまあねぇな。」
「…っ、ぁ…、や…や…ッ、やだ…ぁッ、もう、いやだ…ッ」
感情が堰を切って溢れ出す。
熱くなる眼球に耐えきれず瞼を閉じる。
口の中に途方もない量のあたたかい涙が零れおちてくる。
手で耳をおさえたくても、強く握られた手は離れることはなくて。
顔を背けたくても、頭を掴まれて無理矢理見たくないものを見せられた。
「もう…っ、いい…、もう…っ知りたくない…ッ」
泣き叫びながら、必死に身をよじった。
背中に乗られてるのに、身体を無理矢理動かしたせいで、腕、足、床に触れてる皮膚全部が擦れて皮がめくれて血を滲ませる。
見たくない。見たくない。見たくない。
今すぐにどこかこれが見えない場所に行きたい。
…そう叫んでも、許されるはずなんてなかった。
「認めろよ。お前は捨てられたんだってな」
「…ああ…ッ!!嘘だ!嘘だぁあああ…!!」
嘘だ。全部嘘だ。俺は捨てられたわけじゃない。ちょっと、今蒼と離れてるだけで、捨てられたわけじゃない。
ぶんぶんと首を横に振る。
違う。そんなの、違う。
「アイツは…一之瀬蒼は、お前のことなんか性欲処理にしか見てなかった」
違う。違う。違う。違う。違う。
「アイツはお前の事なんか本当はどうでもよかったんだ。だから嫌だと言っても、アイツは自分の欲求の為に、謝れば何されても許してくれると思ったから、お前を無理矢理犯した」
違う。違う。違う。違う。
「優しくしてやれば友達面してやれば、お前は何をしても許してくれるから。アイツは、お前のことなんて最初から友達だなんて思ってなかったんだ」
違う。違う。
「本当に自分が好かれてると思ってたのかよ。好きな人間を無理矢理襲うか?普通、そんなわけねぇよなぁ?大切なやつだからこそ、そうしない。でもあいつはお前を襲った。嫌がるお前を捕まえてセックスした。ナニをぶちこんだ」
違う。
「何度も犯されて、ごめんって言われて許して、監禁までされて…ずっと犯される日々の繰り返し。そんなの、”友達”って言えるのか…って、ずっと思ってたんじゃないのか?」
「…――っ、ぅ…っ、ひ…ッぁ、」
強く頭を振って、否定する。
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