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ほら、やっぱりこれがせいかいだったんだ。だって、まちがってたらこんなにしあわせなきぶんになってるはずないんだから。


でも、何故かその後ずっとお母さんは「ごめんなさい」「ごめんなさい」って謝ってて、おれにはお母さんがなんで謝っているのかわからなかった。


(……おかあさん、だいすき)


微笑みながら、ぎゅっとお母さんの身体を抱きしめる。

だから、ぜったいにしあわせになってほしいな。


「ありがとう、おかあさん。じゃあ、ちょっとはなれてて」

「……」


少し身体を押せば、お母さんの体温が遠ざかる。

ちょっとさみしいけど、ずっとぎゅってしててほしいけど、でも、ずっとそうしているわけにはいかない。

だって、おれは、いい子でいないといけないんだから。

いいこになったから、…だからいま、だきしめてもらえたんだから。


「…(でも、)」


手に持ったはさみの鋭い部分をみて、少しだけ身体が震えた。

やっぱりちょっとこわい…かも。
はさみでちゃんとしねるかな。
いたそうだな。
くるしそうだな。

しんぞうを、ちゃんとささないと。

震える手ではさみを構えて突き刺そうとした時、「待って」というお母さんの声。
緊張状態に加え、予期する痛みで頭がいっぱいだった時に、そんな制止の声が聞こえた。


バクバクと鳴る心臓を感じながら必死に今だ…いまだ…刺さないと、と意気込んでいただけに「…へ?」と素っ頓狂な音が漏れる。


「……ねぇ…まふゆ」

「…おかあ、さん…?」

「もし今…私の前で貴方が死んだら…あの人は私のことをどう思うのかしら…」

「…え?」


呆然と呟くような声に、顔を上げた。
おれに視線を向けているはずなのに、どこか違う場所を見ているように定まらない視線。
お母さんは、おれに話しかけているわけではなかった。


「だって、そうでしょう…?ここで貴方が死ねば、それを見ていた私が責められる…。ご近所さんにも息子が自殺した家だって噂される…。貴方は楽になれるけど、最後に苦しむことになるのは、怒られるのは私…」

「…で、でも、おれが…」

「いいえ、真冬は何も悪くないもの。悪いのは全部お母さんなんだから。全部お母さんが悪いの…。…あの人だって、いつもそう言うわ。お前が悪いって、産んだお前が悪いんだって」



憔悴しきった表情で、お母さんは自分の顔を手で覆う。
おれはハサミを構えた手をおろして、ぎゅっとおかあさんを抱きしめた。


「おかあさんはわるくないよ…っ、わるいのはおれだから。なんにもおかあさんはわるくない…っ」


お母さんはなにもわるくないのに。どうしてこんなにくるしまなくちゃいけないんだろう。
わるいのは、ぜんぶわるい子にうまれちゃったおれなのに。


辛そうに涙の滲んだお母さんの声に、ぎゅううと胸が痛くなる。
そんなことない、そう言おうとした瞬間。
…聞こえてきた言葉に、背筋が凍った。


「…そうよ。私が死ねばいいのよ。」

「…――え?」

「そうしたら、もうあの人に失望されることも、怒られることもない…真冬、そのはさみ…渡して」

「…ぁ…、ぇ…や、やだ…っ」


一瞬その言葉の意味がわからなくて固まって、でもすぐに奪おうと手を伸ばしてくるお母さんからハサミを隠した。
ぎゅっと胸の前でハサミを守るように抱える。
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