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なんて最悪なタイミングなんだろう。
少し前はあんなに会うことを望んでいたはずなのに、いつからかもう会いたくないと思ってて…その思いはこの瞬間に決定的なものになった。
会いたくない。見たくない。

…――今、蒼がどんな顔をしているかなんて絶対に知りたくない。


そんな思考を遮るように一気に距離を失くしてくる結合部と厭らしい淫音。


「…あぁっ、あっ……ぃ゛は…!」

「ほら、言ってやれよ…!!お前の口から…!!お前は今誰の家畜になったんだ…ッぁ?」


揺れる視界の中、御主人様が俺に求めている言葉が耳に届く。

セックス中、何度も今まで繰り返してきたやり取り。

俺の脳に覚えさせるように、身体に刻むように、何度も何度も御主人様に聞かれて、俺はそれに答えてきた。

グチュ、グニュッ、と奥の蕩けた柔らかい部分を亀頭の先端で掘られる度に、その勢いで身体が床を擦って皮膚が擦り向ける。


「……ッ、」


――俺は、御主人様の物です――


すぐにいつものようにそう答えようとして唇をその形に動かしても…何故か喉の奥から音が出てこない。

前後に揺さぶられて吹き飛びそうな意識の中、言葉に詰まってしまったのは声を出し過ぎたせいで喉を枯らしたことが原因じゃないとすぐに気づいた。

…その原因は他にある。

……それを、その言葉を言いたくないと、…俺が…一瞬でも思ってしまったから。

(…なんで、躊躇ってるんだろう…)

不意にそんな疑問が湧き上がる。
じわじわと胸にもやもやとした感情が広がっていく。

だって、俺は蒼に捨てられたんだ。離れられてしまったんだ。
本当はもう二度と視界に入るはずもなかった存在。
今ここに彼と俺がいること自体がおかしい。

…それに…彼には今、他に好きな女の人がいるんだから。

だったら、蒼はきっと…俺が他の人と何をしてたって…気にしない。

…もしかしたら、御主人様と一緒に、蒼だって、俺が男とセックスしてたのを笑いながら見てたのかもしれないじゃないか。


「…ッ、ぁ…――っ」


ズキッと今すぐ死にそうなくらい強い痛みが胸を抉るように走る。
そんな感情に気づかないふりをしたくて、全神経を思考を違うほうに向ける。


(…――ごしゅじんさまごしゅじんさまごしゅじんさま……っ)


頭の中を御主人様のことでいっぱいにする。
速度を上げて何度もぶち込まれる御主人様の性器の感触。感覚。
熱くて硬い…俺の穴を埋めてくれる人の肉体の感触。
そっちに意識を向ければ、少しは楽になれる。
こんな変な感覚に襲われずに済む。


…そうだ。

今の俺には御主人様がいる。

1人じゃないんだ。
傍にいてくれる人がいる。
だから、…寂しくなんかない。悲しくなんかない。
痛くない。
全然痛くない…大丈夫…だいじょうぶ。


「…――っ」


喉の奥からひゅっと風の抜けるような音がする。

もう…絶対に。
今でも俺が蒼に依存してるなんて思われたくない。

まだ自分に重い感情を抱えてるんだと思われたくない。

彼には恋人がいるのに、俺がまだ自分を求めてることに気づいてしまったら不快に思うだろう。

気持ち悪いと思うだろう。

その気持ちが”恋”と呼ばれる感情じゃなくて…昔蒼が言ってたように、傍にいてくれるなら誰でもいいっていう”依存”という名の感情だからこそ…重くて。

彼にとって俺は…ただの醜い鎖で、邪魔な存在でしかない。

だから。

…もう二度と…俺なんかのせいで…蒼に嫌な思いをさせたくない。

結ばせた本人さえも忘れていた…あんな馬鹿みたいな約束を守るためにいっぱい頑張ってくれた蒼にできる恩返し。
…俺ができることなんか1つしかなかった。

唇の端から震える息を零す。


「…っ、ぁあ…っ、ひぁ…ッ、おれ…っ、おれは…ッ」


ピストン運動の動きについていけなくて声が小さくなる。
でも、それに負けじと声を張り上げた。


「…ひぐ…ッ、ごしゅじんさまのことが、だいすきで…っ、」


頬を熱い涙が伝わっていく。
ヒリヒリとして流れた場所が痛い。

でも…この言葉を言わなければいけない。

彼に、安心してほしいんだ。

もうおれは蒼に依存したりしないから。
絶対にもう迷惑かけたりしないから。

だからもう、苦しまなくていいんだよって伝えたい。

とめどなく溢れる涙が開いた唇の隙間から入り込んでくる。
喉に滑り落ちてくる液体に構うことなく、ちゃんと両方に聞こえるように声を絞り出した。


「…っぁ、これからも、ずっと…ご、ごしゅひん…っ、さまの…ッ、もの…です…っ!!」

「…は…ッ、よくわかってんじゃねえか…ッ」

「ひ…ッ、ぁ゛あ――…!!」


機嫌の良い御主人様の声が聞こえた瞬間、グチッと奥を強く突かれて果てる。
ビクッビクっと小さく震えていたナカに隙間なく挿入された肉棒も痙攣して欲を吐き出して肚の中を満たした。

ドクドクと体内に放たれる熱を感じる。
流石に体力が限界だったらしくナカで射精されたあと、全身からふ、と力が抜けた。
ぐちゅりと性器を引き抜かれた直後、頭皮に激痛が走る。


「…っ、ぃぁ゛…ッ」

「はは…っ、見ろよ…蒼…!お前が大事に大事に守ってたヤツはもう俺のモンだ」

「…ッぁ゛あ…」


髪を掴まれて乱暴に引き寄せられた。
久しぶりに味わう火で炙られるような痛みに、意識する前に熱い涙と汗が噴き出る。

(熱い…っ痛い…ッ)

でもそれに抵抗する気力も残ってなくて、髪を掴んで持ち上げられたまま見せつけるように前押し出された。
こっちを見ているだろう彼の顔を見たくない。
目をぎゅっと瞑ってひたすら響く痛みに堪える。

いっそのこと顔を背けてしまいたいけど、頭を固定する御主人様の手はそれを許してくれない。
髪を掴まれて持ち上げられているせいで、何度も何度も注がれた精液が後孔から零れ出て股の間を伝っているのがわかった。


「…まーくん」

「…ッ」


それは御主人様の問いかけに対する返答ではなく。
…自分に向けられている言葉だった。

なんで。

わからない。
蒼のことが、わからない。


「…(なんで…)」


そんな声で俺を呼ぶんだ。

イヤホンから流れてきた声とは全く違う、……俺がずっと好きだった彼の声。

頭部の痛みなんか忘れてしまうほど戸惑って…驚いて、…息を呑んだ。


「…っ、おい…っ、無視すんじゃねぇよ…!」

「…、ぁ゛あ…ッ」


無視されたことに腹が立ったらしく明らかな苛立ちを含んだ御主人様の声が耳に届いて、同時に髪を握った手が動いた。
情けないほど大きく身体が揺れて、床に投げ捨てられる。
むき出しになっている腕と顔の皮膚が放り投げられた衝撃で地面に抉られた。


「…ぐ…っ、ぅぇ…ッ…」

「…っ、まーく」

「…ッ、来ないで…!!」


喉の奥から飛び出た強い拒絶の言葉。
駆け寄ろうとしたらしく近くに来た彼の足が止まる。

嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ。

底知れない悲しみと不安に胸が締め付けられる。
耳を手で強く塞いで涙を零しながら泣きじゃくった。


「ぁぁあああ…!!やめてやめてやめて…!!もう何も知りたくない…っ!!」


彼の声をこれ以上聞いたら、狂ってしまう。
頭がおかしくなってしまう。

(…――俺が、壊れる)

もう惑わされたくない。
心を乱したくない。
傷つきたくない。

…傷つけたくない。

ちゃんと蒼に依存しないって決めたのに。

惹かれるな。
心を揺さぶられたりするな。
縋ろうとするな。


「おれは、蒼が嫌いなんだ…っ、だいっきらい…!!だいっきらいなんだ…!!」


頭を振って涙を零しながら自分に言い聞かせるように叫んだ。

今まで何度も自分に言い聞かせてきた言葉。
そして御主人様が俺にそう思えと望んだ気持ち。

もう絶対に間違えたりしない。
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