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この人が何を考えているのか全く理解できない。
…理解したくもないけど。


「そうだな。…もうお前も良い年齢だ。最近は反抗的な態度もなくなってきたし、…次の段階に行くか」

「……?」


無表情を装う自分の顔に疑問の色が混じる。
『次の段階』
この人がこんな顔で言うんだからきっと碌なものじゃない。


「………」


その予想通り。
…むしろ予想をはるか斜め上に超えるぐらい本当にくだらないことだった。


入っただけでその異常性が目についた。
汚いカビのようなものが沢山ついたコンクリートの部屋。
ムっと籠った空気と変な匂いが流れ込んでくる。


「……(…アレ、は…)」


床に転がってる色々な道具。
…その中心で動く何かが否応なしに視界に入ってくる。
ジャラジャラという音と、こっちを見つめる…目。
暗がりで見にくいけど、……それでもわかった。
すぐ足元に広がっている…赤い液体。


(…――っ)


「ほら、鬱憤がたまったときには床に転がってる道具を使ってコレらで解消するといい。どれか遊んでみたいヤツを選べ」


俺が自由に動けるように、首輪と手枷をはずされる。
笑ってこっちを見下ろすその人に、必死に無表情を装った。
動揺を悟られたくない。


”いらない”

そう吐き捨てたい気持ちを堪えて、静かに首を横に振った。
じっとこっちを見つめる姿に、すぐにでもここから逃げだしたくなる。
もうきっと何を見ても堪えないだろうと思っていた。
自分はきっともう何を見ても平気だと思っていた。


(…嗚呼、思い上がりだった)


全然違った。
唇が震える。
立っているだけでも精一杯なほど、膝が震える。


「仕方ないな。これでも使え。」

「…はい」


薄く笑いを含んだ声と同時に、その人がしゃがんで何かを拾い上げる。
その手に持った鋭利な刃物を渡された。

そのまま、その中の”一人”の前に連れていかれる。
ドクン、ドクンと嫌な鼓動の音が鳴る。
虚ろな目で見上げてくる顔。


「っ、」


無意識に足が少し後ろに退ける。
こんなものを使ったら、相手が無事で済まないのは考えなくてもわかる。


「…?どうした?それともお前はソッチじゃなくて、こいつらを性欲処理として使うか?まあ、使い道はお前に任せるが」

「……」


動けなかった。

足が地面に縫い付けられているように重い。
…ナイフを握った手を振りかざしてこの人の指示通りに楽しみながら刺すことも、嫌だと言ってここから逃げることもできない。


(…はやく、はやく刺さないと…おれが、…)


また痛い思いをすることになる。
こいつらと同じくらい酷い目に合わされる。


「…(…もうあんな場所に閉じ込められるのも、死にそうになるまで殴られるのも嫌だ)」


骨折してズキズキと痛む手首が、嫌でもこれが現実だということを伝えてくる。


「何を渋ってる?まさかこいつらが嫌々俺の遊び道具になってると思ってるのか?」

「…」


違うのかと疑うような目で見上げれば、クク、と喉の奥で笑って違う、と笑いを含んだ否定の声が返ってきた。
でもだから何故ここにこんな人たちがいるのかという理由は口にせずに、床からナイフと、何かぼこぼことした形の変な棒を拾った。


「お前がやりやすように手本を見せてやろう。」

「…あは、清隆様…っ、清隆様…、戻ってきてくださったんですね…っ」

「……」

「清隆様…っ、きよ…っ、ひぅうう!!」


確かにソレが”その人”に好意を持ってるのは本当かもしれない。
…でも、歓喜の瞳で寄ってきた”ソレ”に何を言うこともなくその尻に入っていたモノを音を立てて引き抜く。
そしてその直後、持っていた棒をグチッと勢いよく突き刺した。
尻にモノが飲み込まれていくグロテスクなその光景に思わず一瞬目を瞑った。



「んぁああっ…!ひぐ…っ、!あへ…っ」


グチュグチュっという音と同時に知らない男の馬鹿みたいな声。
ビチャビチャ水音が激しくなる。
一気に臭くなった異臭と同時に、何かが床に跳ねて足に飛んできた。


(…―――――、っ)


気持ち悪い。気色悪い。汚い。吐き気がする。
小さく悲鳴にも似た音が喉の奥から零れそうになるのを唇を噛んで堪えた。
もし目を瞑ったのがばれれば見ていなかったことで、またその逆鱗に触れる。

ジュボジュボと尻の穴から何かを出す度に飛んでくる液体と揺れる身体。
透明な液体とは別に赤い液体もその尻から流れていた。
それでも何故か気持ちよさそうに、歓喜の声で”その人”の名前を呼んで求めようとする”モノ”が理解できない。

…これが、この人に教育された一つの結果なのかもしれないと思うと反吐が出そうになった。

でも、こういう光景ならよくこの人は部屋で他の女とよくやってて見慣れてるからそこまで堪えない。

性に対する認識も知識も何もない頃から何十回も見せられていたせいか、その行為に吐き気はするものの、目を逸らしたり、動揺を顔に出すほど愚かな行動はとらずに済んだ。



でも、その直後。


…穴から出し入れする手とは逆の、別の手で持っていたナイフで唐突に、何の前触れもなくその肩を刺した。
男の目がカッと大きく見開かれる。



「…っ、!!!!あ゛ぁぁあああ…!!!」

「痛いか?そうか。痛いよなぁ…」

「…ぁ゛あああ…なんで、…なんで…痛い、…ですっ、血が…血が出て…痛…っぁあああ…!!」


助けて、助けて下さいと涙を流して手を伸ばす”モノ”の反応を見て、さらに愉快そうに顔を歪ませて笑った”その人”はこっちを向いた。


「はは…っ、快感に歪んだ後の苦痛…たまらないだろう…?人間の期待に満ちた顔が一瞬にして裏切られる顔の愉快さ…コレらだって喜んでるんだ。お互いが利益を生む。こんなストレス解消法はないだろう。」

「……」


お前もやってみろ、と持っていたナイフを視線で促される。
まだひたすら床で転がって涙を流す”モノ”に視線を向けた。
手の中のナイフの感触を掌で感じて、息を呑む。


(…俺が、やらないと)


ソレを瞳に映したまま、一歩二歩近づいていく。
近づいてきた俺に、ひっ、と小さく悲鳴を上げて反対方向に逃げようとする。


「……」



その反応を見て、静かに瞳を伏せた。
体内時計ではかなりの時間がたって、それでも震えるだけの身体は何の役にも立とうとしなかった。

ナイフの柄を握った手から、力を抜く。
喉の奥から、かろうじで声を絞り出す。


「………………無理…です」

「……」


掠れた声が漏れた。
…これだけでも、末梢全身全てから血の気がなくなる程勇気がいることだった。
まずいとわかっている。
こんな返答の仕方はまずいとわかっている。

ナイフを握りしめた手が異常なほど震える。
…でも、どうしたってできない。
他の答えなんか選べなかった。


(…こんなこと、できない)


そもそもそこらへんの床に転がってるやつらは本当に生きているのか。
それすらわからない。
全く動かない”モノ”もいて、…もしかして…もう死んでるんじゃないのか。

こいつらが変にビクビクと震えて横たわってるのは、全部この人が――、


瞬間、頬をはたかれた。
そうされると予想ずみだったから対して驚いたりしない。


「…父親の言葉が聞こえなかったのか?」

「…きこえました」

「ん?そうするとお前は俺に口答えをしたわけか?俺は、”選べ”と言ったはずだが」

「…っ、…」


だめだとわかっているのに。
反抗したら自分が大変なことになるとわかっているのに。

何も答えない俺を見るその人の顔から、段々表情が失くなっていくのがわかった。
色を失くしたその瞳が、じっと俺を見下ろして低い声を吐く。


「何もお前にこいつらのはけ口になれと言ってるわけじゃない。簡単なことだろう?」

「…………」

「そうか。わかった」

「…え、…っ!」


短い言葉。
その言葉通りわかってくれた…なんてそんなはずもなく。

不意に首から繋がれた鎖を片手で掴まれて、身体が浮く。
首が締まり、身体にかかる重力と風圧と、威力。

バン…ッ、

ぶつかった背中が折れたかと思うほどの衝撃と痛みと熱で肺が圧迫される。軽々と無造作にその部屋の一番奥に投げられた。

一瞬遅れて呻き、変な気管支の音を鳴らして咳きこむ。

……ドアを、閉められた。
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