16

その後、「ちょっとだけ、おほしさまみながらねよ!」と言った真冬に手を引かれて、ガラス越しに二人で空を見上げる。


「…、寒い」

「うん。さむいね…」


見上げれば、空からぽつりぽつりと雪が降ってきていた。
暖房器具がないからだと思うけど、部屋の中なのに外といるのとあまり変わらない気がする。

二人で布団にくるまりながら若干体育座りで上を向く。
座った尻と裸足の足から伝わる氷みたいな温度が冷たい。
ぴったりくっつきながら、ふーっと息を吐けばお互い白い息が出てなんだか面白かった。

…もう三月を過ぎたから、そろそろ終雪かもしれない。

雪の果て、名残雪、忘れ雪…あと何だったかな。


「雪降ってるから星ほとんど見えないな」

「うん!たくさんふってる!」

「……そんなに嬉しい?」

「うん!くーくんといっしょにこうしてるだけですごーくうれしい!」

「…っ、…俺も、嬉しい」


すりすりと身体を近づけてくる真冬に、相変わらず驚くぐらいの速度で速く鳴る鼓動。
…嗚呼もういい加減にしろ心臓。すぐ動揺するな。


「あとね、くーくんのえがおがふえたから…すごくうれしい」

「…何言ってんの」

「くーくんのわらったかお、だいすき」


照れくさくてぶっきらぼうにしか返せない自分が情けない。

…でも本当によく真冬は他人のことを見てると思う。
それに、…俺も真冬の笑顔は癒されるから…好きだ。

そう伝えられればいいのに、それよりも熱くなる頬を隠すので必死だった。

空を見上げて微笑む真冬をそっと盗み見る。
雲が動いたのか、その白く透き通る肌が月の光で照らされていて、…綺麗だった。見惚れる。

…真冬と会った日も、確か雪が降ってたっけ。


「…真冬は色が白いから雪が似合うな」

「っ、と、とつぜんなに?!…え、えっとおれ、…ほめられた、のかな?」

「…うん。結構好きかも」

「そ、それは、どどどどういう…」


そんなあんまり意識しないで出た言葉に、かなりどもりながら挙動不審になる真冬に頬が緩む。
きゅ、と握られる手から伝わる体温。


「…くーくん」

「何?」

「あのね、もういっこだけおねがいしてもいい?」

「うん」


誕生日プレゼントの続きってことだろう。
躊躇いなく頷いた俺に、安堵したように表情をほころばせる。
少し恥ずかしそうに頬を染めて、言いづらそうに唇を動かした。


「くーくんにも、おれのこと…まーくんってよんでほしい…」

「っ、」


(…あれか…真冬だから名前の頭文字で”まーくん”、ってことか)

一瞬流石にそれは難易度が高いかなり照れくさい恥ずかしいと心の中で呟いて、「や、」と無理、みたいな言葉を言おうとした瞬間、「だめ?」と可愛く小首を傾げられて、いいかけた言葉はゴクンと飲みこんだ唾によって口から出ない。


「…おねがい、くーくん…」

「…っ、わかった」


嗚呼もう絶対にわかってやってる。
…真冬に対してどんどん弱くなってると感じるのは確実に気のせいじゃない。


「…ちょっとずつ練習するから」

「いま!いまがいい!」

「……」


…やっぱりそう来ると思った。ここで嫌だといってもさっきみたいにおねだりされたら結局やってしまいそうというかやらないといけないことになりそうだから、…はぁと息を吐く。諦めた。

今までずっと真冬、って呼んでいただけに呼びづらい、というか誰かを愛称で呼んだことがないから…いや、ただ相手が真冬だからこんなに緊張するんだと思うんだけど…とりあえず酷く照れくさいというかなんか困る。

無意識に繋いだ手に力を入れて、ふいと横を向いて試しに呼んでみようと唇を動かそうとした瞬間、「ちょ、ちょっとまって」と制止がかかる。

(……)


…真冬のしていることがどうにも理解できなくて、少しだけやりづらくて眉を寄せる。


「……何してんの」

「…お、おれのかおみていってほしいな、…って」


両方の頬に手が触れて、ぐいと振り向かされたと思えば
真冬が耳まで真っ赤にして俺を見つめている。

…お互い見つめ合う体勢でそんな言葉を吐かれて、一気に心拍数が上がった。拷問かこれは。

顔を動かそうとしたら、意外に力があるらしく少ししか動かない。
…最近毎食乾いたパンを水で濡らして食べてる人間とは思えない力だ。


「……」

「………う、」

「…恥ずかしいならやめればいいのに」

「…は、はずかしくない、ので!だから、…は、はやく…その、……よんで、ください…」


そんな顔で言われても全く説得力ないんだけど。
…なんだか自分の行動で更に動揺しまくっている真冬を見ていると、段々と冷静になってくる。

(………)


せっかくだから、真冬がいつも一番挙動不審になる顔で言ってやろう。
俺だって色々翻弄されっぱなしだし、…だから、少しくらいの意地悪なら許されるはず。


「呼ぶから、ちゃんとこっち向いて」

「…うう…くーくんがいつもにもどってしまった…」


自分から仕掛けたくせに視線を逸らそうとする真冬の顎を指で掴んで固定する。
「っ、」と小さく声を上げて頬を支える手の力が緩んだ瞬間、少しだけ真冬に顔を近づける。

息を吐けばお互いの吐息が触れあうぐらいの至近距離。

意識的に頬を緩めて、微笑む。


「まーくん」

「…っ!!」


(…おお、すごい)

自分でも驚く。
効果てきめんだったらしい。
少し低めに囁いた瞬間、数秒間の硬直。
そのすぐ後真冬の顔が爆発したかと思うほど真っ赤になって、「ひやぁああああ」なんて変な声を出して逃げ出した直後、布団を身体に巻き付けて隠れてしまった。

(…どうせならキスもしとけばよかった)

今ならできた気がする。
そんなことを考えつつその布団の中で悶える様子を少し離れた場所で眺める。

…真冬が俺の分の布団まで自分に巻き付けてしまったので、しばらく出てくるのを待って、…でも結局寒いのに耐えられずにもそもそとその布団の中に無理矢理入り込むことにした。

――――――

(真っ赤になる真冬が可愛すぎて…やばい)

(…まーくんって呼ぶのはいざという時のために置いておこう)


そんな誕生日の夜。
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