17
✤✤✤
そうして俺と真冬の誕生日祝いをした、次の日。
「…(…鍵の音)」
真冬と布団にくるまっていると、不意にガチャリと玄関の鍵が開けられる音。
今日は特に夜が冷えていて、すぐにはうまく手足を動かせない。
遠くから聞こえる音に警戒しつつ、眠っている真冬を軽く揺すって起こす。
俺の表情と聞こえる足音からすぐに察したらしい真冬が、「あのね、くーくん」とこそこそっと小声で話しかけてくる。
「おれは…みんなだいすきで、みんなにしあわせになってほしいんだ」
「…?なんで今、そんなこと…」
どうしてそんなことを言いだしたのか理解できなくて、怪訝に眉を寄せる。
ぎゅっと俺の胴に腕を回して抱きしめたままそう囁く。
こんなに近い距離でも耳を澄ませなければ聞こえないくらい小さい声だった。
震えている。
なのに、その声は嬉しそうで
「それに、おれもしあわせだから」
「…」
「くーくんがいてくれる今がすごくしあわせだから、こわされたくない」
「…真冬」
「…まーくんってよぶっていったのに」
「……まーくん」
「うん、よろしい!」
不穏な空気が「なでなでして」と無邪気に笑って頭を差し出してくるその様子とあまりにも違って、胸に生じる違和感と…不安。
…何かしたい。
真冬のために、何でもいい。何かしたい。
でも俺が行動すれば、もっと苦しむことになるのは真冬の方で、
…どうにもできない無力感に唇を噛む。
「俺に、何かできることがあれば…」
「…ないよ」
「……」
最後までいいきる前に、首を振る真冬に言葉を遮られる。
もう全部諦めたような、そんな風に力泣く微笑む姿に、…胸が痛む。
「だって、…おれは、ぜったいにくーくんをうしないたくないから」
「……」
「だから、ね。くーくん…おれがどうなっても、ぜったいにかくれたままでてこないで」
「…どうなっても、…って、」
「やくそく」と小指を差し出してくる指にすぐには反応できない。
一瞬躊躇って、結局指きりをした。
(…この時点で、真冬はなんとなくわかってたんだろうと思う)
(……誰が帰ってきたのか。これから何が起こるのか。俺がそれを見てどう動こうとするのか)
頬を緩めて「だいじょーぶ」なんて俺を安心させるように微笑んだ真冬が布団から出ていくのを見送る。
(…前とは足音が違うから…母親、か)
前より音が随分軽い。
そんなことを再び棚の下に隠れて考えながら、耳を澄ます。
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