19(蒼ver)

✤✤✤

ばちゃんっと大きな水の音。
すぐ後に、ごぼごぼと鳴る変な音。


…その音を聞いた瞬間、心臓に氷を押し当てられたような感覚になる。

数秒遅れて、何が起きたのかを把握した。

気づいた瞬間、風呂場の前にいた。


「…――ッ」


湯船に子どもの顔を押しつけている女の姿。
苦しそうにもがいて足を動かしていることなんかおかまいなしに強く押さえつけていた。


息が詰まる。
刺すような顫動が背中を駆け巡って、一瞬ぐらりと世界が歪んだ。
その光景を見た瞬間、意識するよりも前に悲痛な叫びにも似た声が口から零れる。



「真冬っ!!」


余裕なんかない。
一刻の猶予もない。


「…っ、あ、あんた…っ、な゛…ッ!」


全身の血の気が一気に引くような酷い焦燥感に駆られて、驚いて手を離した女なんかに目もくれずに真冬の肩を掴んで急いで引き上げた。


「…っ!、…げぼ…ッ、は…っ、は…ッ」


水からあげた瞬間、少しの間激しく咳き込んで「……くー…く…?」と掠れて辛そうに問う声に、「…うん」と頷く。
怠く閉じていた瞼が開いて、自分をその瞳に映すのがわかった。

引き上げるのが早かったおかげか、窒息せずに済んだらしい。


(…よかった…)


ぐったりと後ろから支える俺の身体にもたれかかってゆっくりと呼吸をする姿に今にも崩れ落ちそうな程心底安堵する。

ぼたりぼたりとその髪や顔から下に落ちる滴。
身体越しにその水が染み込んできて、一瞬で俺の服まで水浸しになる。

…びちゃびちゃになるその感覚が、一瞬嫌な記憶を呼び起して真冬を抱きしめる手に力が籠る。

ああいう風に水の中に押し付けられたら、息を止める準備をしてない人間の肺に水が入るのなんて一瞬で、それを身を持って知っている自分からすれば本当にさっきの状況がかなり危なかったんだとわかる。


…だから、酷く浅い呼吸を繰り返す真冬に…あと一瞬遅かったら死んでたかもしれない…なんてまだドクドクと嫌な音を鳴らす鼓動に吐きそうになった。全身が煩い心臓になったようで…かなり真剣に気持ち悪い。


(…あー、もう…)


咳き込めただけ、呼吸がとまったわけじゃないとわかってマシだけど、やっぱりそんなんじゃ安心しきれなくて、その胸に耳を当ててちゃんと鼓動がするのを聞いて、はぁーっと大きく息を吐いた。

ぎゅうっとその胴に腕を回して、存在を確認するように抱きしめる。

…冷たい。
冷水に顔を突っ込まれたせいでその身体は冷え切っていて、触れれば手の先まで凄く冷たかった。

…でも…良かった。真冬が生きてて、本当に良かった。



「…本気で、心臓止まるかと思った…」

「…くー…く…ん…」


こんなに焦ったことが今までになかったから余計に怖くて、
真冬が死んだらどうしようって思ったら、じっとしてなんかいられなかった。


「…あんた、何…?それに、なんでそんなもの…」


そういえば、いたんだった。

震えた声が聞こえた方向と同じところから、さっき壁に突き飛ばした女がそのまま倒れた状態で怯えるような視線。
その目が俺の持っているナイフに向けられてるのに気づきながら、無視して温度を調節して温かいシャワーを出した。

「真冬」と声をかける。
青ざめた顔で、震えながらゆっくりとこっちを見上げる真冬に優しく微笑んだ。



「そのままだと冷えるから、お湯かけてもいい?」

「…っ、」

「…ごめん。…しない。だから、そんな顔しないで」


まだ苦しそうに半分瞼を閉じた状態でぐったりとして俺に身体を預ける真冬に、シャワーを向けた瞬間、虚ろだった瞳の色を恐怖に変えた。
ビクッと肩が跳ねて、怯えたように何度も首を横に振る姿に胸が痛む。


(…考えが足りなかった)


今自分が死にそうになった原因なんか見たくもないだろう。
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