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強く掴まれている腕に、そうして歩みが遅くなる度に無理矢理歩かされた。


「…くーくん……どっかいっちゃうなんでやだぁ…っ」

「……」

「くーくんのいない世界なんてやだぁ……!!」


「うぁぁ゛あ…ッ、!!」絶叫に近い泣き声を背に、涙と一緒に突き上げてくる呼吸を、唇を痛いほど堅く結んで堪える。
息を吸う唇が怖いくらい震えていた。

まーくんが自分を呼ぶ声が遠くなる。
声が枯れるほど何度も何度も呼ぶ声が愛しい。こんな状況なのにその声で呼ばれると、どうしようもなく胸が熱く震える。
それも全部振り切って前に進む。

…俺が離れれば…少なくともまーくんはこれ以上辛い思いをしなくて済むんだから。

ずっと一緒にいるって約束は破ることになっちゃったけど、
でも、…守るって約束は守れたんだか――


永遠と聞こえてくる嗚咽交じりの声に、

…不意に気づく。


(…俺が離れたら、)

(誰がまーくんを守る…?)


そんな疑問が脳を埋め尽くす。

この選択が、俺が離れるってことが本当にまーくんを守るってことに繋がるのか。

違う。
違うと思った。

突如よぎった思考に、足が止まる。

俺が今離れたら、まーくんはきっと今ほどつらい目には遭わなくなる。

…でも、俺は多分もうこれから二度とまーくんに会えなくなって、

まーくんは、…俺じゃない、別の人間と幸せに なる…、


「…ッ、」


そう考えた瞬間、足元の地面がなくなったような感覚に陥った。

…――嫌だ。そんなの、嫌だ。

他の人間なんかにまーくんを守らせるわけにはいかない。
俺以外の人間にまーくんが幸せにされるところなんか見たくない。
させたくない。

一気に襲ってくる感情によって、嘔吐感にも似たどろどろとした感情が胸を覆い尽くす。

…拳を強く握る。爪が食い込むほど…皮膚を抉る程、無意識に握る。


(…嗚呼、やっぱり、…)


「…(…まーくんだけは…、諦められない)」


俺には、まーくんしかいない。
まーくんしかいらない。
まーくんがいないと、何も残らない。何も感じられない。何の感情もなくなる。何も思考することなく、ただ相手の望むままに動く人形に戻ることになる。

まーくんを失ったら、俺は死ぬ。身体が生きてたって意味がない。全てが消える。

以前の、まーくんに会うまでの…ずっと死んでるような感覚に囚われるのだけは、絶対に嫌だ。


…だから、

(このまま別れるくらいなら、いっそのこと一緒に死…)

そこまで考えて、不意に聴覚に響いてくる最早言葉とも呼べない泣きじゃくった声。


「おに、おにいさ、ん…っ」

「あ?」

「…おれがなんでもします…っ、なんでもするから…だから、くーくんを…っ、つれていかないでください…ッ!!」

「…っはは…っ、何でも?なんでもするんだ?」


(…え、)


面白いモノを見つけた、というように喉の奥で嗤う男の声音に振り返る。
必死に脚にしがみついて、上を、男を見上げているまーくんの姿が見えた。


「…じゃあ、…」


まーくんに手を伸ばして嗤う男。
怯えるようにビクッと震えるまーくんを見て、カッと頭に血がのぼる。


「…――ッ、」


脳裏に蘇る記憶。

水に顔を突っ込まされた姿。
ぐったりとしたまーくんの身体。

(…もう、まーくんを酷い目に遭わせたりしない)

触らせたり、しない。


「…な」

「…蒼様?」


触るな。
触るな。

触るな。

…汚い手で、


「…ッ、まーくんに、触るな…っ」


喉の奥から漏れる最大限の声。
引き攣れるような音を狭い気管支から吐き出す。

腕が折れるのも構わない。
手首をねじりながら身体も捻って、腕を掴む男の顎を肘で殴る。

そうやって犬たちの手を逃れて、
どうにかしてまーくんのところまで走ろうとして、


「…まーく、」


呼んで手を伸ばそうとした時、不意に俺の方をみたまーくんの目が驚愕に見開かれる。
その口が、何かを叫ぼうとしているのがわかって、

その、瞬間


「…ッ!」

「くーくん――っ!!」


後頭部に酷い鈍痛。
と同時に、ガン、と金属のような音がすぐ耳の傍で聞こえた。

それが何かを思考する暇もない。
気づいた時には地面が目の前にあった。

直後ガンガンと割れるような痛みが頭部から全身に広がっていく。


「…ぁ…っ」


掠れた声が零れる。


(…身体が…うまく動かない)


…ぬるりと頭の上から何かがこめかみを通って、瞼の上に零れてきた。


(…なんだ、これ…)


赤い…モノ、


「お前が暴れた時にはバット使ってもいいって指示受けてんだよ。まぁ軽く殴った程度で死んだりしねえから安心しろ」


近づいてくる男の声。
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