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でも、耳の中で煩いほど響く音のせいで、あまりよく聞こえない。
「…くーくん、…っ、くーくん…ッ!」
泣き叫ぶ声。
解放されたのか、駆け寄ってきてくれたらしい。
手をぎゅっと握られる。
柔らかくて、小さい。
(…嗚呼、まーくんの手だ)
声をすぐ傍に感じた。
微かに見える。
今にも倒れるんじゃないかと心配になりそうなほど真っ青に焦った表情で、今にも泣きだしそうにくしゃくしゃに歪んでいるまーくんの顔。
「…そんな、顔、しないで…」
「…っ、やだ…っ、くーくん死んじゃやだ…っ」
「…慣れてる、から……」
あの人にはこんなこと散々されたことあるから、そんな顔をされたらこっちが泣きそうになってしまう。
(…嗚呼、やっぱりまーくんの泣いてる顔は綺麗だな)
流石に言わないけど、こんな時までそんなことを考える自分の思考回路はやけに現実味がない。
でも、確かにいつもはここまで痛くなったことはなかったような気がする、けど。
本気で身体が動かない。
視界がかすむ。
熱を持ったように頭だけが、まるで心臓になったかのようにドクドクと嫌な音を立てている。
呂律がまわらない。
「……まーくんがぶじで、よかった…」
「…っ、ひっく…ッ、ぅ゛…っううう…っ、そんなの、どうでもいい…っ、おれは、くーくんがいてくれないと…っ」
「あいつもいってた、だろ…このくらいで俺はしんだりしないって、…」
確かに打ち所が悪かったら死ぬと思うけど、流石に実験したことないし、保証はないけど…今はただまーくんを安心させてあげたかった。
なのにまーくんはもっともっと心配そうに涙を目にいっぱいためて、俺の頭の血を止めようと手で押さえてくる。
「ソイツ持ってくから」
「…ッ!だめ、です…!くーくんは、おれが、…」
「…まーくん」
庇おうとしてくれてるのか、ぶんぶん首を振って男の言うことに対して拒否するまーくんの言葉をとめるように手首を掴む。
俺の方を見て、なんで、と戸惑ったように揺れる瞳。
「…いいよ。ありがと…」
「…っ、」
俺よりも、俺を庇ったまーくんが酷いことされることのほうが耐えられそうにない。
もう息を吐く動作だけで辛い。
身体が重い。
身体から血がなくなっていく感覚。
…眠くなってきた。
「逆に放っておくと死ぬかもな。家に戻れば治療できるんだから」
「…で、でも、…」
「…まーくん、」
男の言葉に怯む様子を見せたまーくんの服を掴んで引く。
ほとんど力が入らないけど、それでもなんとかして軽く引き寄せる。
少し顔を上げたら血が唇の中に入ってきた。
…まずい鉄の味。
その耳に唇を近づける。
「やくそくする。今度こそ、絶対に破ったりしない。…少しの間…離れることに、なる…けど、必ず迎えにいくから…待ってて」
「…やく、そく…?」
「うん。ぜったいに守る」
誓う。と続けて微かに微笑んで見せる。
息も途切れ途切れで、意識を失う寸前だった。
でも、こうしておかないと、まーくんが俺の知らないところで危ない目に遭うかもしれない。
「…だから、まーくんも俺との約束…守って」
この前した約束。
そう囁いてその濡れた頬に触れれば、まーくんは俺の手にぼろぼろと透明の涙を流しながらコクコクと頷いて、前言ってくれた言葉を暗唱する。
「ぜったいに、おれをむかえにきて。おれをまもって。そうしてくれたら、くーくんのこいびとになる」
「…――っ、うん。…やくそく」
ちょっとの間。
本当にちょっとの間だけだから。
…まーくんと会えるのは、きっとすぐのはずなんだから。
頷こうとする俺の喉が熱く震えて、声にならない。
目頭が熱い。
近くにいるまーくんの顔さえぼやけて見える。
でも必死に喉に力を入れて必死にそうならないように堪えた。
「やくそ、く…っ」と俺と小指を絡めて、でも途中でまーくんの声も嗚咽交じりになって言葉にならなくなる。
「…おれも…っくーくんを、まもる…っ、こんどはくーくんをまもるから…ッ」
「…まーく…」
身体を誰かに掴まれる。
振り払おうとしてもできない。
まーくんの泣きそうな俺を呼ぶ声が遠くで聞こえて
…それを最後に、
俺の意識は消えた。
――――――
(絶対に、迎えに行く)
そう、約束した。
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