屋敷
✤✤✤
…………
………………
ビシャッ、
「…(…冷たい)」
冷水をかけられた。
…瞼を持ち上げる。
絶えず頭から滴ってくる水が目に入って痛い。
頬に張り付く髪が気持ち悪い感覚を助長させる。
…それよりももっと痛いのはズキズキと痛い頭の方、だけど。
(…嗚呼、また)
戻ってきてしまった。
息を吐く。
見慣れたコンクリートの部屋で、天井からつりさげられた鎖に腕を持ち上げられて、地面に膝をつくという窮屈な体勢。
……簡単に許されるわけない。
わかっていた。
わかっていたけど。
結構、きつい。
「俺は教育を間違ったようだな。こんな反抗的な子どもに育ってしまうとは嘆かわしい」
「…申し訳ありませんでした」
「何の謝罪だ?逆らったことか?逃げたことか?それとも…、俺を刺したことか?」
「…ッ、は…っ、ぁ゛…――…っ…全部、です」
バシン…ッ、
またひとつ肌に増える蛇が這ったような傷跡。
まーくんにはああ言ったけど、この人が自分に逆らった俺に対してまともな手当てなんかするわけもなくて、バットで殴られた場所には死なないようにする程度の雑な処置しかされなかった。
…こんなに寒いのに、身体からは汗が異常に湧き出てきて熱い。
怪我による炎症が起こってるのかもしれない。
あの日…まーくんと離れた日以降
人の目に触れる昼間は目立ったことはされない。
でも、夜になれば自分にもう二度と逆らえないようにするために…あの人の…父親という肩書の男やその犬等に鞭で殴られ、愉悦で殴られたり、…そして、もう逆らいません。二度と反抗しませんと日が昇るまで言わされ続ける。
…まーくんとずっと一緒にいたからか、前やってた表情訓練も全くできなくなっていて、全部一から”教育”し直された。
表情の作り方、動作の仕方、考え方。
また、この人の望むような人形に作り変えられる。
再び感情が失くなっていく。
楽しい。嬉しい。悲しい。寒しい。喜怒哀楽。全部を外側から判断されないように、抑えつけるように訓練する。
できるようになるまで、繰り返す。
世界がモノクロに戻っていく。
……そうして、内側も人形に戻る。
(…はずだった)
この人の考えでは、そうなるはずなんだろう。
以前だったら本当に何の思いも残らなかったと思う。
…でも
どうやっても…消えない。
瞼を閉じれば脳裏に浮かぶ光景。ひとりの、人。
「……(…まーくん)」
(…まーくんに、会いたい…)
今、どうしているんだろう。
いつか、絶対に迎えにいくから。
いかないといけないから。
だから…その一心で、従わなければまーくんが酷い目に遭うと何度も何度も脅されて、そうさせないために死に物狂いでこの人の言いつけに従った。
勉強、運動、家のしきたり、どうでもいい人間たちとの交流。
全部、何でも従った。
前以上に素直に従った。
まーくんを守るために。
俺が従わなければ、家の場所も既に知られてしまったまーくんが危ない。
…できることならずっと…永遠に近くで守りたいけど、俺が近くにいればまーくんはもっと危険になるわけで、いつか絶対に会えると信じてるからどんなことをされても耐えられた。
それに今は子どもだし、手段もないからこいつ等をどうにもできないけど、
(……絶対にいつか、全部ぶち壊してやる)
身体の奥から湧き上がる感情を隠すように、瞼を一度閉じた。
……
…………
そうして
繰り返される地獄のような日々をただただ無感覚に過ごしていたある日
「…は?」
耳を疑った。
唖然と目を瞬く俺に遠慮なく繰り返される言葉。
「聞こえなかったか?一人女を見つけて、恋仲になれと言ったんだ」
「…っ、」
「女なら何でもいい。ここに来る客でもいいから見つけて来い」と続けられた言葉に、息を呑む。
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