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✤✤✤

その1年くらい後、現在のまーくんに関する報告を聞いた。

まーくんが俺と離れた日の夜、自分の母親を刺したということ。

それで今病院にいること。
そして記憶喪失だということも…聞いた。

病院での様子について聞くと
入院した当初は母親を刺した精神的ショックが原因と考えられる記憶喪失のためか、ずっと抜け殻のように呆然としていて誰の言葉にも反応しない、…かと思えば突然泣き出したり…ずっとそんな状態で。

今は少し落ち着いたらしい…けど、
その話を聞いただけで胸の奥の深い部分がぎゅっと締め付けられる。

(…嗚呼、早く会いにいかないと)

記憶喪失だと聞いた今、その思いは強くなるばかりだった。

…やっぱりまーくんは俺と一緒にいないとだめなんだ。

今も泣いてるかもしれない。
怯えてるかもしれない。
不安になってるかもしれない。

傍で、守ってあげないと

…これ以上、一人きりになんてさせられない。

だから…、

記憶を忘れてたっていい。全部忘れてても、まーくんの傍にいることができればそれで構わないと思った。

でも、その反面

……今までの記憶を全部失くしたなんて…そんなの嘘だ。嘘に決まってる。

そんな思いがどこかにあって、

まーくんが俺のことを忘れるはずない。

…もし忘れてたとしても、すぐに元に戻る。
きっと会えば思い出してくれる。
また、前みたいに”くーくん”って呼んで笑ってくれる。

…だって、俺とまーくんのことはまーくんの中でそんな簡単に忘れることができるものじゃないはずだから。

だから早く会って確かめたい。抱きしめたい。

……記憶がないなら尚更、まーくんにとっての俺の…”くーくん”の代わりが出来る前に、傍に行かないと……

そのためには…、


「…蒼君、どうしたの?ぼーとして」


腕を掴まれて、ぐいと引き寄せられた。


(…ああそうだ。今…仕事中だった。)

”仕事”で女と会話していれば、必ずと言って良いほど頬を染めてこうやって胸を強調して色目を遣ってくる。

臭い香水を身に着けて、鬱陶しいくらいの化粧を顔にする。

今日も同じだった。

どの女も一緒だ。
全部同じ。

…今日はあの人が家にいない。

知られる心配がない。
それを事前に確認したから、今こうして部屋でこの女と完全な二人きりでいられる。

長い間あの人に従順になってよく働くようになった俺に、もう監視の目はなかった。

――だったら、やることは1つしかない。


「……」


唇を噛み締める。
顔を上げて腕を伸ばした。


「…っ!?」


後頭部を手で支えて自分から女を引き寄せ、無理矢理唇を重ねる。
吐き気を堪えながら、驚いて息を止める女の舌を捕らえて絡めれば嬉しそうに顔を上気させる。

酸欠になりそうな程の荒々しいキス。


「…っ、ふ…ッ、ぁ…っ、あおい、く…っ」

「…――、俺のこと好きなんだろ?」

「…え、ええ…」


唇を離して、低くそう囁く。

この女が俺のことを性的な目で見ていることなんて前から知っていた。
だから、どうせなら相手だって好きな人間に抵抗されてこういうことをするより、自分から望んでしてくる関係の方がいいはずだ。


「…だったら…何でも言うこと聞くから、俺のお願いも聞いてくれる?」


…脳裏に浮かぶのは、自分に変なことをしようとした女に笑顔を浮かべていたまーくんの姿。

それを真似して、子どもらしく上目遣いで見上げればわかりやすく頬を上気させてゴクリと唾を飲む女に、ふ、と口元を緩めた。

―――――――

今はまだ条件に出された分の金の額には程遠い。
それを達成しなければまーくんに会うことすらできない。

…それだけじゃない…その後も含めてできるだけ多く、利用できて、かつ俺の為に喜んで動く人間が必要だった。
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