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仕事で付き合う人間を自分側に引き込むのは当たり前としても、屋敷の人間はかなり労を要した。
少しずつ…少しずつ木が枝を伸ばすように味方を増やして、あの人の傍にいる人間には特に注意して近づく。
でも、その分気を付けないといけないこともかなり増えた。
いつ俺の話があの人に漏れるかわからないから常にそういう可能性があることを念頭に置いて行動しなければならなかった。
他にも口にするものは特に要注意で
用意される食事には、前に注射で打たれたような変な薬が混入していることもあれば、中に針とかが入ってる時もある。
それだけじゃなくて他にも数えたら切りがないけど、色んな人間に手を出せばそれだけ危険なことも増えるし、そもそもあの人に目をつけられるリスクも高くなる。…いつでも用心しなければならない。気の抜ける時間なんかない。
…それでも昔に比べればかなりマシな状況になったけど、だからといって安心はできなかった。
それに、一番の問題が残っている。
「…(…まだ足りない、)」
本当なら今の時点でまーくんに会えたはずだったのに、指定された条件に到達できていない。
元々異常な額の条件だったけど、それでも絶対にやり遂げてやると思ってたのに。
(…ああもう、…なんで、)
焦る。
…もう少しなのに。
あと、少しなのに。
何もできない焦燥感だけが募って、その姿を思い浮かべては握り潰されるかのように痛くなる胸の辺りをぎゅっと掴む。
そうして追い立てられるように今まで以上に仕事をした。
…でも、そんな日々も遂には限界になって、
だから中1の冬頃
俺はどうしても我慢できなくなって、まーくんを見に行った。
「この辺りで大丈夫ですか?」
仕事相手に頼み込んで、家に向かう途中で”寄り道”という名目でまーくんの通う学校の近くまで車で送ってもらった。
…しばらく入院した後学校に復帰したって聞いたから、多分もうすぐここを通る…はず。
運転席から振り返って尋ねてくる黒服に頷いて、お礼を言って車を降りる。
靴が地面を踏みしめる感触。
緊張で膝が微かに震えている。
「……」
もう冬間近のせいか、酷く冷たい風が肌に吹き付けてきて寒い。
でも、そんなのどうでもいいくらい心は浮足立っていた。
落ち着かない。
胸がどきどきと張り詰めてくるのを感じる。
必死に冷静になろうと軽く深呼吸をしてみても、口から吐く息の量が少し増えるだけで肺に入る空気の量はほとんど変わらなくてあまり意味を成さなかった。
「…まーくん、」
ぽつりと呟いてみる。
まーくんに直接会って話そうとは思ってなかった。
もしそうしたことがあの人にばれたらまーくんが危険な目に遭うかもしれない。
会うのは禁止されてるけど、見ることは禁じられてないはずだ。
だから、
…ただ、一目でもいいからまーくんを見たい。
そんな思いに駆られて、ここまで来てしまった。
「…っ、」
さっきから何故か勝手に速度を速める鼓動のせいで自然と呼吸ができなくて、息苦しい。
居ても立っても居られないもどかしさ。
じれったい。
校門をじっと遠くから眺めて、ざわざわと談笑しながら出てくる学生達の中にその姿を探す。
もうあれから、…まーくんと離れた日から大分経った。
実際に姿を見るのが初めてで…少し緊張する。
…今のまーくんの写真も見たから見間違えたりしない、といっても多分見てなくても絶対に見逃したりしないだろうけど。
何度も何度も確認して、
いないとわかると気が沈んで…また探す。
(…早く出てこないかな…)
緊張で身体が強張る。
それとは対照的に胸は期待に高鳴っていて、無意識に表情が緩んだ。
ただ待ってるだけなのに。
面と向かって会うわけじゃないのに、どうしてこんなに落ち着かないんだ。
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