10(【蒼と初めて会った日】の蒼ver)
これでもかというほど逸る心に眩暈に似た感覚に捉われながら、ふ、と深い息を吐く。
…あまり時間はかけられない。あと5分以内には車に乗って戻らないと…。
できることなら最後まで残って出てこないか確認したいけど生憎俺が自由に使える時間は多くなかった。
そしてしばらく探して、もうそろそろやめようと落胆に瞳を伏せようとしたその時、
視界に入ってくる…姿。
「…っ、」
…―――まーくん、
声にはならない。
唇でその形だけを作る。
…いた。
ちゃんと、俺はまーくんを見つけられた。
他とは全然違う。
あんなに人がいるのにそれでも他なんて目に入らないくらい…自然と視線が吸い寄せられた。
隣にいる人間と何を話しているのか、可笑しそうに笑って笑顔で話しながら歩いている。
その雰囲気は前見た時と全く変わらなくて、
どこかふわふわとした、見たこっちの気が抜けるような笑顔。
前より随分身長も伸びた分顔立ちが大人っぽくなって綺麗になった。
それでもその言動1つ1つが可愛らしい。
制服姿のまーくんを息を吸うのも忘れて見つめて、
「…、まーくん…」
やっと絞り出した声は熱く震えていた。
嗚呼、遠くから見るだけなんてやっぱり無理だ。
声をかけたい。
振り向いてほしい。
俺を見て、俺の名前を呼んでほしい。
「まーく、」
「蒼様」
ふらりと足を一歩前に出した時、咎めるような声と同時に腕を強く掴まれる感触。
ぐ、と唇を噛んで、腕を強く振って振り払った。
…わかってる。
近づかない。
近づいたらいけない。
まだ条件を満たしてないんだから、ただ俺は見に来ただけなんだから。
許されてないんだから。
必死に自分にそう戒めて、もう一度冷静になってその姿を見る。
……良かった。
(…思ったより元気そうで、本当に良かった)
…入院したって聞いたからどうしているのか凄く心配していたけど、変わらない雰囲気に心底安堵して軽く息を吐く。
眺めていると別のことが見えてくる。
「……(……)」
……客観的に見ても、女に少なくない頻度で好意を持たれるだろう容姿。
ここにいる時間だけでも、充分に見て取れる。
数人、すれ違いざまにまーくんに熱い視線を向けていた。
それに気づいた瞬間、胸の辺りがざわざわと虫が大量に這っているような嫌な感じがして気分が悪くなった。
違和感に首を傾げて、じーっとその様子を見ている
と、
「…え、」
小さく声が漏れた。
不意にこっちを向いたまーくんにドキリと胸が大きく跳ねる。
(…まさか、)
見られるとは思ってなくて、戸惑う。
そんな俺に対して、きょとんと目を瞬いたまーくんは
直後…優しく頬を緩ませて、
俺に
手を振った。
「…――ッ、」
激しく胸を打たれて、世界から音が消える。
心臓が止まったかと錯覚するほどその瞬間、まーくん以外何も見えなくなった。
込み上げてくる熱いモノに本気で息が出来なくなって、そんな顔を見られたくなくて隠すようにふいと顔を背けた。
俯いて、必死に感情を鎮めようとぎゅっと目を閉じて強く身体に力を入れる。
でも滲んだ視界はすぐにはもとに戻らなくて、結局しばらく顔を上げることができなかった。
「屋敷に戻りますよ」と声をかけられた頃にはもうまーくんの姿はさっきあった場所になくて、
…何度も何度もその場所に目を戻して、尾を引かれるようにして車に乗った。
――――――――――
(…嗚呼、)
(どうして、その隣で笑ってるのが俺じゃないんだろう…)
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