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…手を振ってくれたってことは、俺のこと…覚えてくれてるのかもしれない。

(…そうだ。そうに決まってる。やっぱり、まーくんが俺のことを忘れるはずがなかった)

そう思うと安堵で膝から崩れ落ちそうになる。


「…(…でも、)」


それならどうして駆け寄って来てくれなかったんだろう。

いや、まーくんがもし来てくれたらそれこそまーくんが危なくなったかもしれないからあの場合はあれが一番最善の方法だったんだけど、…でも、

頭の中でぐるぐると思考を巡らして、その考えを振り払うように首を振る。
悪い方に考えたって意味がない。

とりあえず、俺はもうすぐまーくんに会えるんだから。

それだけを考えていればいい。

…………

…………………………


……そうして

ようやく、出された条件を達成した。

その頃にはもう2年の冬になっていて、

会える。まーくんにちゃんと会える。そんな思いばかりが胸を占めて教室に歩く速度が自然と速くなった。


「…一之瀬 蒼です。よろしくお願いします」


教壇で軽くお辞儀をする。
教室を見渡せばすぐに見つけられた。

…やっとここまで来た。
これからはずっと一緒にいられる。

俺が、いられるようにする。

じわじわと身体を占領していく温かい気持ちを感じながらじっとその顔を見つめれば、戸惑ったように逸らされる瞳。


(……?)


…そんな仕草にちょっとした違和感を感じながら、徐々に湧き上がってくる嫌な予感を必死で無視し続けて、

休み時間待ちきれずに自分から声をかけた。


「…職員室ってどこ?」


問う声が震えそうになるのを必死で抑える。

別に職員室に何の用事もない。
ただ、何でもいい。とりあえず話しかけるきっかけが欲しかった。


まーくん

まーくん

まーくん


(…ずっと、会いたかった…)


すぐ目の前で席に座るまーくんに溢れ出てくる思いが止まらない。

でも、…笑顔で頷いてくれる。うんって笑ってくれるとそう信じていた俺の期待はすぐに裏切られた。

予想していた表情とは反対に、まーくんは戸惑ったような表情を浮かべて俺を見上げてくる。


「…え、えっと…」


(……っ、)

頭をガツンと殴られたぐらいの衝撃。
ぐらりと視界が傾いたような気がする。
眩暈。

知らない人間を見るような目に、ズキリと心臓に何かが刺さったような痛みが走った。
握り潰されたように心臓が痛い。苦しい。

(…なんで、なんで…そんな顔、)

感情が大きく揺さぶられる。

わかってたはずなのに。
…まだ俺はわからないふりをしたかった。

それに隣でさっきから凄く仲が良さそうにしていた男がまーくんと一緒に帰る約束をしているらしい。
まーくんを後ろから抱きしめる男の言葉に対して、まーくんは否定も肯定もしなくてただこの状況にどうしようと混乱しているのが伝わってくる。

……自分が、そんな顔をさせている。

そう思っただけで胸が苦しくなった。


「…、わかった」


瞳を伏せて、顔を逸らす。

…まーくんを困らせたいわけじゃない。そんな顔をさせたかったわけじゃなかったのに。

これ以上この場にいたら気がどうにかなりそうだった。

(…まーくんが俺のことを、覚えて、ない…?)

心が滅茶苦茶になりそうで、どうしたらいいかわからない。
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