13

✤✤✤


学校の帰り。


「まーくん」

「…わ…っ、」


いつものように家の前まで送り届けた。
そして少し話をした後「ばいばい」と朗らかな笑顔で手を振り、踵を返そうとしたまーくんの腕を掴んで引き寄せてぎゅっと腕の中に閉じ込める。

柔らかく手触りが良さそうな茶色の髪。
まーくんの香りがする。
その身体は強く抱きしめたら、それだけで折れてしまいそうで怖かった。

少し俺の方が背が高い位であまり身長が変わらないから、自然とまーくんとの身体の密着度も高くなる。


「蒼君はスキンシップ多くていきなりだから、いつもびっくりするよ」

「…ごめん」


学校は人が多すぎて疲れる。
どこに行っても人、人、人。
窮屈で呼吸さえままならない。
こうして二人だけの時が、唯一癒しの時間だった。


「あ、いや、蒼君が謝ることなんてないんだけど…、俺もこういうことするの…その…好きだし…」

「……ありがとう」


ちょっと照れたように口ごもってへへっと笑って俺の胴に回した腕で遠慮がちに抱きしめ返してくるまーくんにほっと安堵に頬を緩めた。

吐いた息が白くなって空に昇っていく。
氷のような冷気が顔に触れて冷たい。
だから頬は冷たくなるはずなのに、熱いまま一向に冷える様子がなかった。

触れた場所からその体温を感じるだけで、全身から力が抜けるような感覚に捉われる。
同時に滲む視界。


(…ああ、息ができる…)

幸せって、こういうことを言うんだろうと思った。
触れただけで涙が零れそうになって、声を聞いただけで胸が震える。

嗚呼、今自分は凄く幸せなんだって改めて実感した。

今だけ。今だけが俺に与えられたまーくんと一緒にいられる自由な時間だから。
この時間を一瞬でも無駄にしたくない。


「…まーくん」

「ん?」


お互い抱きしめ合ったまま、名前を呼ぶ。
俺の肩に顔をくっつけてぐぐもった声でそう返される返事に、嬉しくてもう一度呼んでみた。


「まーくん」

「…んー?」


返事をしてくれるってことが嬉しくて、今まーくんと一緒に居るんだってことをもっと実感したくて、しっぽを振って主人に甘える犬みたいに何度も何度も呼ぶ。
終いには「どうしたの?」って可笑しそうに笑いながら答えるまーくんに、じわじわと目頭が熱くなって最早世界が何も見えなくなりそうだった。

そんな顔を見られたくなくて、身体を離そうとするまーくんに「まだだめ」と拗ねたような声でもっと強く抱きしめて逃がさないようにする。

その後しばらくして段々強くなる抱擁に息が苦しくなってきたのかじたばたと暴れるまーくんが可愛くて、ふ、と息を吐いて微笑んで身体を解放した。

あはは、と楽しそうに笑うまーくんに俺も嬉しくなって微笑む。

すると、次の瞬間

何気なく俺の髪に伸ばされる手。


「蒼君って髪、黒くて凄く綺麗だよね」

「…っ、」

「おれの髪の毛ちょっと茶色っぽいから、蒼君の髪が羨ましいな」


ビクッと大げさなほど大きく身体が震えた。
ふわりと優しく微笑んで白い息を吐いて俺を見つめる瞳に、すぐには返事が出来ない。

”くーくんのかみ、さらさらできれいだね…!おれもそういうまっくろないろがよかったなぁ…”

幼い頃、まーくんに”くーくん”と呼ばれていた時に言われた言葉。
言ってくれた言葉に対する返事は、声もなくただ震える喉を抑えつけて頷くことだけだった。

やっとのことでできた返しがそれで、自分でも狼狽えてしまうほど情けなかった。

無意識に求めるように伸ばしかけた自分の手に気づいて。
…それがまーくんに触れる前に、拳を握りこんで下におろす。

(……まーくんには笑っていてほしい。幸せになってほしい)

だから、俺は絶対にまーくんを傷つけたりしない。
泣かせたりしない。


「いつも送ってくれてありがとう」

「…うん」


あどけなく笑って俺の首元で少し解けていたマフラーを巻き直してくれる。
今度こそ「ばいばい」といって手を振るまーくんに頬を緩めて手を振り返した。


玄関のドアが閉まるのを確認する。

緩んだ感情を無に切り替えて踵を返した。


「……」


鞄を持ち直して、歩く。
今来た道を戻ろうと歩みを進めて、角を曲がる。
反対方向の通路から感じる数人の視線に気づかないふりをした。

まーくんと歩いている時からずっと感じていたモノ。
俺が何も知らないと思ったのか、警戒の気配が薄くなる。

まーくんの家から少し離れた場所。

…ここまで来たら安全だろう。

ぴたりと足を止めて、ポケットに手を入れる。
そいつ等がまーくんの家の方に向かって動き出したのを見て、音を立てずに近づいた。


「なぁ、俺の大事なまーくんに何か用?」

「…ひ…っ、」


声をワントーン低くしてポケットから取り出した物を喉元に当てれば、相手は怯えたように声を震わせた。
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