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✤✤✤


中3の夏の、ある日の昼食時


「まーくん、あーんして」

「…っ、あの、おれはべつにいいんだけど…周りの視線が…」

「だめ?」

「…っ、ぐ、ぬ、…」


隣できょろきょろと周囲に顔を動かして、困ったような顔をするのを見て軽く落ち込む。
チラッとまーくんの方を見ていた目を伏せて、しょんぼりと頭を垂れた。


「…まーくんは嫌なんだ…」

「…わ、わかったから」

「…っ、うん」


仕方ない、と諦めて息を吐くまーくんに嬉しくて、してやったりと頬がだらしなく緩むのが自分でもわかる。
ちょっと照れたような表情で箸で野菜を掴んで俺の口元に運んでくれる姿が、どうしようもなく可愛い。
夏服を着て、微かにワイシャツから透ける白くて透き通るような肌とか、首筋を伝う汗とか、…凄くエロい。流石まーくん。

俺だって教室中から注がれる興味ありげな熱を含んだ視線には気づいてる。

だから、わざと。
わざとこうして、まーくんにこういうことをしてもらって俺がまーくんにとって特別で
他のヤツよりまーくんに近いんだってことを示したかった。


「…はい」と俺の方が少し身長が高いせいで自然と上目遣いになるまーくんに心を丸ごとキューピッドの矢で射止められた。嗚呼可愛い。どきどきする。興奮による鼓動速度が限界寸前で死ぬかもしれない。


でも、そんな感覚に鞭を打った。
ぷいと横を向いて「やだ」と首を振る。


「え、」

「…そんなやり方じゃ嫌だ」


全然、まったくそんなことない。

周りの視線を気にしつつ、羞恥心に駆られて頬を染めるまーくんは綺麗でそれだけで心臓がやられた。
でも、そんな感じでこなし作業みたいにされるのが嫌だ。
自分でも面倒くさい。
面倒くさすぎるって思う。


「…だ、だって蒼君が食べさせてほしいって、」


わざと意識的に拗ねたような顔にしていれば、戸惑って最早教室中から浴びる視線に泣きそうな顔になっているまーくんに内心癒される。


「…前みたいに”あーん”って言って?」

「…っ、」


俺の言葉によってその時のことを思い出したのか、ゴクンと唾を飲みこんでかぁっと頬を一気に赤くする。

前回は冗談っぽく言ってたからまーくんも全く羞恥心とか感じてなかったみたいだけど、その後徐々に自分が言った発言を理解したらしくそこまでなるか、と驚くぐらい恥ずかしがっていた。

多分内心凄く拒否したいだろう。
やめるって言いたいと思う。

けど、

…まーくんは絶対に他人の頼みを断れない。


「じゃ、じゃあ…言う、からすぐに食べて、よ?」


やっぱり頷いてくれた。
うん、と首を縦に振って、その言葉の意味なんかわかっているのに、それでもまーくんの口から直接聞きたくて問う。


「なんで?」

「恥ずかしい、から…」


あああやばい。
本当にまーくんは狡い。
そんな仕草1つだけで俺の心臓の鼓動を速める。

そして瞳を少し憂げに伏せて、「あ、あーん…」なんて耳を澄まさなければ聞こえないくらい小さな声で呟いて野菜を掴んだ箸を口元に近づけてくるまーくんに至極満足しながら食べた。


「ありがと、まーくん」


苦しいくらいに速い音を出す心臓の辺りを握る。
俺を見上げるまーくんに微笑めば、不意に俺を見つめる顔が驚いたような表情に変わった。

(……?)


「ずるい!ずるいー!蒼だけ―!」


でも、そんな疑問もすぐに如月とかいう奴の耳障りなほどの大声で思考を遮られる。
コイツに、まーくんに対する変な視線防止避けって役割がなかったらすぐに家の牢にでも閉じ込められるのに。

…まぁ、そういう機会があっても知り合いがいなくなったらまーくんが悲しむからそんなことする気はないけど。

嘘。機会があったらどうにでもする。

まーくん以外なんかどうでもいい。


「真冬ー!俺にもして!」

「絶対させないから。まーくん、俺以外にこういうしちゃだめだよ。わかった?」

「…っ、え、っと」

「なんでだよなんでだよー!俺だってしてもらいたいー!」

「無理。まーくんはお前なんか生理的に無理。鳥肌が立つレベルで拒否反応が出る。受け付けない。顔も見たくないって」

「え!?おれ、そんなこと言ってな」


無表情で淡々と並べ立てれば、一瞬呆気に取られて驚いたように否定しようとするまーくんの口を手の平で覆って言葉を遮断する。


「ほら、まーくんはその通りだって言ってるだろ。中庭にでも行って一人で食べてろよ」

「…っ、酷い…蒼は俺にだけ冷たい…真冬にはあんなに優しいのに俺にだけ冷たい…」


しくしくと嘘泣きをしてまーくんに慰めてもらおうとする如月を冷たく見下ろして、まーくんに抱き付こうとした手を跳ねのけつつ、何事もなかったように俺もまーくんに「あーん」をすることにした。
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