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まーくんに近づいた女はあんな人間で、
あんな気持ち悪い行為を学校でして
そんな姿を見せて
そうされることを喜びながら俺に求めてくるような人間で、
(…まーくんだって、こんなものを見たらもう女に関わろうだなんて思えなくなるだろ?)
まぁ、俺がいるからこれからはこんな風に他人をまーくんに近づけさせないけど。
視界の隅で、女が視線をまーくんに向けるのがわかった。
「…っ、…ッ、真冬…なんであんたが…!!」
ほら、やっぱりコイツはこんな奴だったんだよ。まーくん。
前回と同じ。あの女と同様、怒りを向ける対象を間違えているのに、まるで自分が正義であるかのように糾弾し、醜悪な本性を晒し始める。
「あんたが、いなければ…っ、わたしは、こんな…っ、」
「…っ、」
「あんたさえいなければよかったのに…!!!」
女は責めるような言葉をまーくんに吐く。
それは心を突き刺す刃となって、
その言葉を聞いた瞬間、一瞬硬直し「…――ッ、ぁ…っ、ぁあ…っ」悲痛な叫びを零したまーくんの顔がくしゃりと泣き出しそうに歪んだ。
「ごめんなさ…っ、ごめんなさい…っ、」
みるみる間にその目に涙の薄い膜が張る。
あの時のように、全身を頭を手で押さえる。
全身を震わせて、ひらすらごめんなさいごめんなさいとしゃくりあげながら取り返しのつかない何か大変なことをして怒られた子どもみたいにまーくんは謝り続けて。
…それを見て、胸に激しい痛みが走る。
「……」
女から隠すように、後ろ手に扉を閉めた。
廊下には俺とまーくん以外の誰もいない。
夕暮れによって注がれるオレンジの光だけが廊下に注いでいて、床にはところどころ影ができている。
…異様なほど、音1つしなかった。
「嗚呼、ごめん。綺麗なまーくんに、あんな汚いもの見せるべきじゃなかった」
自分の中に湧き上がる感情に耐えきれなくて目を伏せる。
それなのに、心の奥の深い部分だけはシンと底冷えをして刺々しく澄み渡っていた。
…ごめん、なんて。
みせるべきじゃなかった、……なんて。
「…(そんなこと全く思ってないくせに、)」
……まーくんを傷つけるためだけに女を利用した。
自分でこうなるようにしたんだから、本当は謝る気なんかなくて
だから俺の唇は、白々しく嘘の言葉をさらりと吐く。
まーくんを、もっともっと自分に依存させるためだけに。
まーくんに、俺以外を信用させないようにするためだけに。
綺麗で純粋なまーくんの心を黒く汚していく。
「…あおい、く…っ、おれ、ごめ…っ、」
「大丈夫だから。俺は絶対に、まーくんを捨てたりしない」
捨てられたらどれだけ楽になれるだろう。
…でも、それができないから…こうして俺は今も離してあげられない。
まーくんを騙して、こうやって何度も傷つけて。
そうして泣いてるまーくんを慰めて…自分だけが優しい人間のふりをする。
「…(…優しいわけ、ないのに)」
まーくんはいつも俺のことを優しいって言って嬉しそうに笑う。大好きだって言ってくれる。
そんなわけないのに。こんな俺のことを優しいだなんて勘違いしてしまうまーくんは、本当に心が綺麗なんだと思う。人を疑うことを知らないから、そうやって錯覚する。
…だから簡単に騙されちゃうんだよ、まーくん。
…でも、こうなるように仕向けたのが自分だなんて知られたら、…どうみても捨てられるのは自分の方だ。
(…俺はそれが、どうしようもなく…怖い)
そうならないように、絶対にそれだけは、
まーくんに知られることだけは避けなければならない。
恐怖に震えて身を縮こまらせているまーくんの胴に腕を回して優しく包み込んだ。
夏服だからそれだけ服の生地自体が薄くて、その分体温が伝わりやすい。
…細くて、本当に強く抱きしめたら折れてしまいそうな気がする。
意識的に口調を柔らかくして耳元で囁いた。
「嫌なことは、忘れればいいんだよ」
「わす、れる…?」
「うん。今見たことも全部、夢だって思えばいい」
「…ゆめ、…」
後頭部に回した手でぎゅっと自分に引き寄せて、すぐ耳元でぽつりと呟く声を聞く。
こんな風に精神状態を危険にさらすようなことを繰り返していたら、いつかまーくんがおかしくなるかもしれない。
まともでいられなくなるかもしれない。
でも、何度記憶を失くしてたとしても…そのせいで壊れたとしても、
……どんなまーくんでも一緒に居たい。
傍にいるためなら、何だってする。
エゴだ。これは完全に自分のエゴ。
まーくんの為じゃない。
自分の欲求の為ならまーくんがどうなっても構わないと思っている。
本当に、…最低だ。
(…ごめん。俺は全然優しくなんかなくて…、こういうことをする酷い人間だから。…こうやって優しいふりをしてまーくんのことを心配する素振りを見せて…なのに、…本当は自分のことしか考えてない)
「だから、忘れて。まーくんは何も見てない、知らない。俺がずっと傍にいるから…安心して眠って」
涙のせいか肩の辺りが濡れる感触。
そして、零される吐息が顔を押しつけている首筋に触れる。
顔は見えない。
だからまーくんはどんな表情をしているかわからないけど。
…その息遣いが、少しだけ穏やかになったような気がする。
「……」
返される言葉はなかった。
でも、こくんと小さく頷いて。
まーくんの手が縋るように俺の服をぎゅっと握った。
「…っ、」
(…嗚呼、本当…どうして俺は、)
そんな行動で心が震えるほど喜んでしまう自分は、どうしようもないくらい後戻りができない場所まで来てしまってるような気がした。
(この日を境に、)
(俺は”くーくん”という名前を捨てた)
だって、その名前はまーくんを最後まで守り切れなかった出来そこないの人間の名前で、もう必要のないもの。
――――――――――
二度と呼ばれなくても、思い出してもらえなくても構わない。
…俺はまた、まーくんの『特別』になれたんだから。
そして、高校一年生になる頃にはまーくんは俺以外の人間とは全くと言って良いほど話さないようになっていた。
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