『普通』ってどんなものか、誰か教えて下さい。
いつものように、まーくんが眠ったのを確認してから障子をあけて外通路に出る。
夜風が冷たい。
もう春だからそろそろ桜が咲く頃だ。
…まーくんと一緒に見に行きたいな。
遠くに行くのが無理なら、庭に咲いてる桜でもいい。
(…喜んでくれるかな…)
もうこれ以上傷つけたくない。泣かせたくない。
…大事に、したい。
感傷に浸っていると、「蒼様」とすぐ傍からかけられる無機質な声。
水を差されて若干不機嫌になりながら振り向く。
「お時間です」
「……」
「清隆様は屋敷を預けるとはおっしゃられました。しかし、”教育”は続けるように、と」
「…分かってる」
随分慣れたことで、特段反抗する意味もない。
頭がおかしくなりそうな程散々言われた言葉だ。
あの人のやることだ。
理由なんて考えなくてもわかる。
まーくんと一緒にいられるなら、どんな目に遭ったって構わない。
(…ほんと、今の俺は幸せすぎて…未来が怖いな)
一瞬だけ、今出てきたばかりの部屋の閉められた障子に視線を向ける。
きっと今はあの可愛い寝顔ですやすやと眠っているんだろうと思うと、それだけで微かな笑みが零れた。
―――――――――――――――
そうしてまーくんと二人きりだけの生活で、やっと安定してきたと思った。
…それなのに、やっぱりアイツが邪魔になった。
「一之瀬、なんでこんなところに…」
「……(…最悪、)」
まーくんを屋敷に連れてきた後、誰かにこうやって色々聞かれるのが嫌で別の学校にわざわざ転入までした、…んだけど。
それにも関わらず、下校中、前の学校の知り合いらしい人間に捕まってしまった。
…早くまーくんの待ってる部屋に帰りたいのに。
(…面倒臭いな…)
時間の無駄。
どうでもいい、と無視して掴まれた腕を雑に振り払って、立ち去ろうとする。
…と、
「お前、真冬をどうしたんだよ」
「………」
後ろから聞こえてくる声。
その人間の口からまーくんの名前が出て、ぴたりと歩き出した足を止めた。
…気安く名前を呼ぶな、と反射的に言いかけて言葉を飲みこむ。
「もしこのまま俺を無視して戻るなら、警察に突き出すからな」
「…何、」
鬱陶しい。と内心反吐が出そうになりながら振り返った。
そこで初めて相手の姿を瞳に映す。
…どこにでも転がってそうなよくある形の人間。特徴として挙げるところもない。
興味がないだけに、自然と瞳が色味を失くすのを感じる。
(……誰だっけ、)
適当に記憶を探る……気もなく、一瞬でその無意味な思考の動きを消した。
思い出す必要性を感じないから、する価値もない。
「お前なんか知らないんだけど」
「うわ、ひでえ」
俺の記憶メモリはまーくんのためにしか用意されてないから、どれだけ探ってもどんな情報も出てこなかった。
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