嘘つきなのはどっち

✤✤✤

ベッドの端に片膝を乗せる。
ギシリと体重をかけたことによって軋む音。

ただならぬ雰囲気を察したのか、こっちを見つめる瞳が怯えたように揺れる。


「…そうやって俺のことが心配な振りをして、離れていこうとするんだ」

「…ぇ…、…?」

「誰に唆された?」

「…なに、を…?」


知らないだなんて言わせない。
その頬に触れて距離を縮めれば、恐怖に滲んだ小さな悲鳴が聞こえた。

昨日風呂場で責めたてただけではまだ不機嫌が収まらなくて、


「まーくんは、いつからそんなに悪い子になっちゃったのかな」

「…っ、」


…知らない間に椿にも会っちゃったみたいだし。
薬が効きすぎたのか、あんな状況で無防備に寝てた俺も悪いけど、

本当、どうしてあげようか。

――――――――


あの日、まーくんを突き放した後の数日間は、極力その話題に触れないようにしていた。
露骨にその話題を避けているとなんとなく俺の気に障るということがわかったのか、聞かれることもなくなった。


「…少し、休憩しましょうか」

「ええ。そうしてくださると助かります」


恭しく礼をしてくる客人と簡単なやり取りをして、空気を吸うために部屋を出る。
どうしても外せない用事というものをあの人から言いつけられて、こうして会いたくもない人間としたくもない談笑をしていたわけなんだけど…、

(思ったより時間がかかってしまった…)


「…っ、」


…さっきから身体が、怠い。
舌がヒリヒリと痺れるような感覚。
ふらふらと揺れそうになる身体に鞭打って、歩く。

どうみてもさっきの茶に何か仕込まれていたようで、飲まないといけない状況だとしてもやはりこの屋敷で出されるものは口にしたくないと改めて思った。


…少しでもいい。

まーくんの顔が見たい。

そんな思いで着物の裾をはためかせながら歩みを進めていると、


「あら、”蒼様”じゃないの」

「…椿」


皮肉交じりの呼び方で呼び止められた。
「酷い汗」と笑って伸ばされる手を、顔を背けることで避ける。


「ああすることで、ずっと隠しておけると思ってるの?…ふふ、いいの?そんなに表情を崩しちゃって。意外に蒼にも可愛いところがあったのね。もうすっかり飼いならされた猫みたい」

「触るな」


髪に触れようとしてくる手を避けて、低い声音で威嚇する。
憔悴しきった精神で、やっとのことでその言葉を絞り出した。


「おー怖い怖い。そんなにあの子どもが大事?捨てられない?」


「妬けちゃう」とその口調は口笛を吹いているように軽いのに、その表情が一瞬よくまーくんに嫉妬する女の顔とだぶる。


「ふふ、幸せそうね。羨ましいわ。そんなに大切なものがあって」

「……」

「あなたがずっと近くにいるから、以前よりあの子に手を出せなくなってしまったし」


「…つまんねー」と徐に声音を低くして、チッとこれみよがしに舌打ちする。
相変わらず気持ち悪いくらいに赤い口紅で塗った唇を歪ませていた。

「いつの間にか柊真冬の動向が掴めなくなったと思ったら、本気で監禁してやがったし。流石にそこまでやらないだろうと思ってたら、マジでやりやがった。」とほざく椿を目を細くして睨む。


「二度とまーくんには触らせない」

「…そうだな。お前が俺達の言う通りにしていれば、手は出さねーよ。」


嘘くさい台詞。
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