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「あーあ、その大事なお姫サンもお前があの部屋にいる奴らに何をしたか知ったら、どんな顔するだろうなぁ?」
「……」
「ばらされたくなかったら、俺と……な、分かるだろ?」
「…ッ、」
言葉にはされなくても言外に示された声によってフラッシュバックのように昔のあの行為が鮮明に脳裏に蘇って、視界が歪む。
汗が額に滲んだ。
一瞬でも思い出したくない。
考慮するまでもない。
敢えて答えないことで拒否を示すと、途端にその眉間に皺が寄る。
腕を掴まれて顔を近づけられた。
着物の上からでも爪が食い込むほど力強く握ってくる指に、顔が歪む。
その近づく笑みを浮かべた顔に、更に全身から冷や汗が噴き出てきた。
でもそれを悟られないためにも「離せ」と語尾を強めにして身を捩る。
そうやって、俺が死にたくなるほど嫌がることをわかっていて言ってくるところが余計にタチが悪い。
「お前が他の人間とナニしようがしまいが、あのガキは気にも留めねえよ。お前のことなんか、これっぽっちも好きじゃねえんだからな」
「…っ、」
「あー、お前の苦しむ顔もっと見てぇな」
コイツの事情なんか知らない。
でも、ここまで恨まれることを自分がした記憶がなかった。
もし何かあったんだとしても俺は無関係だし、興味もないけど。
「だからさっき言った通り、お前が言いなりになってさえいれば、あのガキに俺は手を出さない」とさっきまでの軽い口調が不意に悪意の滲んだ、含みのある声色に変わる。
「でも、ちょっと声をかけてやれば勝手に飛んでっちまう蝿までは知ったことじゃねーけどなぁ?」
「…蝿?」
違和感のある言い方に一瞬固まって、そのニヤニヤとした笑みに、瞬時に意味を把握する。
血の気が引いた。
(…ッ、…まさか、)
「はは、今の状態であのガキのとこに行けんの?それができないようにわざわざさっきの茶に色々混ぜといたんだぜ。それに」
「っ、」
言葉の続きは聞かない。
動揺を露わにして身を翻す。
そして部屋に行った時にはまーくんが他の男に
…犯されてかけていて、
「まーくん、なんでアレがこの屋敷に入ってこれたのか…心当たりある?」
「…ッ、」
俺の問う、不機嫌を隠しもしない低く冷たく吐き出した言葉に抱き上げた身体がビクリと小さく跳ねた。
落ちないように首に回された腕が、震えている。
返される言葉はなかった。言い訳も、弁解もない。
耳元で息を呑む気配だけが伝わってくる。
…その反応が答えを言っているようなものだった。
行為に限界を迎えた身体を別の部屋で寝かせた後、もう一度さっきの部屋に戻る。
既に盛られた薬は効果が切れたのか、ただ込み上げる感情でそんなことが気にならなくなってるだけなのか…今は体温が酷く下がっているような感覚だけで、痛みはない。
温度を失くした瞳で、ふいと視線を動かす。
窓には無理にこじ開けられた形跡はなかった。
確実に、内側から外された鍵。
「……、そうだよな…」
額を手でおさえて、くしゃりと前髪を掻き上げる。
幾ら俺に優しく接して油断させようとしても、無駄だよ。
はは、と酷く乾いた笑みが零れる。
「…絶対に、逃がしてあげない。」
それに、まーくんの家族も友達も全部俺が引き離した。
…あの俊介ってやつも、もう逃げ場にはならない。
――――――――――――――――
昨日その熱を感じたばかりなのに、まだまだ足りない。
あんなのでは、収まらない。
「……、」
見つめるだけで、その瞳に怯えの色が濃くなる。
あまりにも震えて青ざめた顔をするからなんとなく、俺が怖い?って聞いてみたくなった。
…でも、問いかけたところでもし肯定されてしまえば殴られて抵抗されるよりずっと傷つくだろうことが目に見えている。
手首を掴んでベッドに押し倒す。
その両腕の手首を片手で一纏めにして、その頭上に移動させた。
今から俺にされることを予期しているのか、唇を噛んでふいと逸らされる顔。
…それとも、鍵を開けたことに対する罪悪感に似たものを多少は感じているのかもしれない。
まーくんが顔を背けたことで、うなじが晒される。
そこにあるものを目に映して心臓辺りがズキッと痛んだ。
白く透き通るような肌に、誰かに強く絞められたように部分的に少し赤くなっている。
…湧き上がるドス黒い感情がうねりを上げて全身を包み込んでいく。
「…怪我してるな」
「…っ、…ッ、」
「ほら、ここも血…出てる」
転んだ時に擦りむいたのか、頬に軽く擦り傷がある。
他にも、耳にも噛まれた跡がくっきりと残っていた。
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