5

もういいや、と作業に取り掛かろうと唇を肌に近づけていく。

と、


「……る、」

「…え?」


頭上から聞こえてきた蚊の鳴くような小さな声に、疑問符を投げて顔を上げた。
しかし、しばらく待ってもどこか気まずい雰囲気だけが流れてきて明確な言葉にしようとしないので、問う。



「まーくん、今…何て言った?」

「…する…、」

「…っ、」


上擦った声。
あまりにもか弱い声と少ない言葉に、うまく言葉の意味が飲み込めずに瞼を2、3度瞬いた。


「蒼と、その、……ヤる…っ、から」

「……」


それを感じ取ったのか、もう一度ごにょごにょと既に泣いている顔で唇を震えさせながら、今度は少しはっきりとした言葉で呟く。
…何を?と、そんな変なことを聞きそうになった。

思いも寄らなかった言葉に何を言うこともできず絶句する。


「…だから、お願い…」

「……」

「…噛んだり、…吸ったり、されるの…凄く痛い、から…やだ…」


俺から顔を反らしたまま、睫毛を涙で濡らして唇を結ぶ。
言葉にしながら段々自分が何を言ってるのか実感して怖気づいてきたのか、言葉じりになるにつれて声は弱々しく小さくなった。

居ても立ってもいられなかったらしく、裾が広い着物を身に着けている頭上に持ち上げられた腕に隠すように涙まじりの少し悔しそうな表情を浮かべた顔を埋める。


(…あ、)


やばい。


頭が真っ白になった。
何かが頭にズドンってキた。
ゾクリと背筋が震えて、下腹部に熱が集まる。


「…何。なんで、…今日凄い、…そんな、」

「…だって、どっちも嫌だって言ったら…もっと蒼は…怖く、なるし…」


「それだけは、絶対に…嫌だから」とぽつりぽつりと決してこっちは見ずにそっぽを向いたまま続ける声。
ゴクリ、と喉が上下に動いて唾を飲む。



(…本当、に…?)



「…本当にキスマークより、そっちの方が良い?」

「……。」


こく、と頷いて肯定を示す頭。


…なのに。

それとは反対に形が歪むほど唇を強く噛み締めて、緊張と恐怖に身体が震えている。



「…っ、」

「……」



俺がついさっきまで触れていた肌も、全身の震えが伝わってきて小刻みに震えていた。

無意識に手を伸ばしてその髪に触れようとすると視界の端でその行動の意味がわかったのか、あからさまに瞼をキツく閉じて筋肉を強張らせながら神経を張り巡らせる。



そんな反応に一瞬躊躇って伸ばした手を止めて、「…やめた。」と吐息交じりの言葉を吐いた。


「…今日は冷めたから、もういいよ」

「…ぇ、…」


とても大切なモノに触れるように、その柔らかな髪を撫でた。

そうすると自然と強張っていた表情が少し和らいだように見えた。


……昔から頭撫でられるの大好きだもんな、まーくんは。


息を吐いて身体を起こし、その上から退く。
手首を纏めていた拘束も解いて、強く縛ったせいで手首に残った赤い線が瞳に映って瞳を伏せた。


今までこうして途中で止めたことがなかったからか、戸惑いを含んだ視線を感じる。
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