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…なんか、そういう目で見られると期待されてるって勘違いしそうになるから今だけはやめてほしいと内心嘆息気味に呟いた。


「このままここにいると、…どうにかしそうになるから出ていくけど、」


誰を、とは敢えて言葉にしない。
「すぐ部屋の外にいるから何かあったら呼んで」と付け加えて、一刻も早く遠ざかろうと背を向ける。


直後、クイと背中の服の裾を引っ張られる感覚。


…振り返らずに声だけで問いかけた。



「…何?」

「…あ、…の…」


遠慮がちに引かれた裾から軽い動揺が伝わってきた。

後ろで口ごもっている声に、もう一度同じ言葉を問えば慌てたような揺れが振動してきて、パッと裾を掴んだ手が離されたことがわかる。
「、ぁ、え、と…、なんと、なく…で、」ごめんなさい、と消え入るような声で謝ってくるまーくんに、胸が押し潰されそうになる。


…なんでそうやってどう考えても悪くないのに謝るかな。


無意識だったのか疑問と驚愕の混じった声と同時にすぐ引き留めようとしたらしいソレは服を解放した。


再び謝る声に、少し唇に乗せた声を柔らかくする。



「…そういうこと、あんまり俺にしない方がいいよ」

「……」


何するかわからないから。と心の中で続けて障子を開けて外に出た。
どうにもやるせない感情に身体が震えて顔を俯かせる。

そうするだけでまだ切っていなかった伸びた髪が顔を多少隠してくれる。
こんな人気のある場所であまり変な表情をしていると、すぐに黒服達に見つかってしまう。


…でも、
それを自覚していても、今はここからしばらく動けそうになかった。

視界に映る、着物の端から見える自分の素足。
気を抜けばすぐにでも座り込んでしまいそうだった。


…そのぐらい、…動揺した。


あんな二択の選択で、望んだ方を選んでくれたからって、


…まーくんが俺を受け入れてくれたような気になった、…だなんて、


「……はは…ッ、そんなわけ、ないのに、…」


あれは無理矢理俺が選ばせただけだ。
…都合の良いように解釈しようとするな。


なのに、

あの一瞬、堪えられなくなりそうな程胸が震えて、…手を伸ばしたくなった。

どうしても…、救いを求めたくなった。


(…まーくん、)

(…俺は、どうしたらいいんだろうな)


心を映し出すように、瞳が暗く陰って揺れる。


「…あの人が、戻ってくる」


…どうしたらいい。


昨日の夜、また椿に呼び出された。
鼓膜に残る声。


”もうすぐ、清隆が帰ってくる。”

”お前が幸せだって話ばかり知らされる情報に飽きたんだと。しかもあん時も取引の最中なのに、全部放り出してオヒメサマのとこにいっただろ?お怒りだぜ。解放される癒しの時間終了まであと何日だろうな?”


期限までまだあるはずなのに、一人の男の気まぐれでこんなに容易く…夢の時間は終わろうとしている。

あの人が戻ってきたらまーくんをここにおいておけなくなる。

また前と同じことが繰り返されてしまう。
それに今まで通りに一緒にいられるはずもないし、一緒にいて、…無事で済むわけがない。


…だからといって、この籠から解放はできない。


俺はまーくんがいなければ死んだ人形と同然で、生きていると感じられない。

そして逃がせばもう戻ってこない。
しかし、逃がさなければ危ない目に遭わせるかもしれない。


だったら、


「………無理矢理にでも俺がいないと、生きていけないような身体にすれば…」


まだ時間はある。
あの人が屋敷に戻ってくるといっても明日明後日の話じゃない。

どんなやり方でも俺という存在に夢中にさせることができれば、多少の期間離れても…すぐに俺のことをどうでもよくなることはないかもしれない。
もしかしたら、戻ってこようとしてくれるかもしれない。
…そうなったらまーくんが危なくなるってわかっていても、そうなってほしいと願ってしまう。

こうしたからといって確実にそうなる保証もないけど、そうなってくれる可能性があるなら何でもする。

でもそんな簡単には薬を打つことに踏み切れなくて、

…自分でもどうしてそんなことをしようとしたかわからない。

「手足の鎖を外してほしい」といまだにそうやって俺から逃げようとするまーくんの目の前で一度死んでみせようとした。
本気で死ぬ気なんかなかったけど(…まぁ、止められなかったら死んでもいいかなくらいには思ってたけど。)、もし俺が死のうとしたらどんな反応をするんだろうって、そのくらいの気持ちだった。



でも、


「俺は、…っ、ただ、蒼が困ってることがあるなら、力になりたいと思ったんだ…!!」

「…っ、」


まーくんが、 変だ。

泣きそうな顔で、じっと俺を見つめる。


…嗚呼、あの時感じた違和感。
屋敷に連れてきて、いつの頃からかまーくんの俺を見る目が変わったような気がする。
恐怖でもなく、憎悪でもない、…なんだろう。うまくは表現できないけど別の感情。

…それが、嫌で、そんな目で見られるのが何故か酷く怖かった。


泣き出したくなってくる。
あああと声を上げて喚きたくなる。


早く、まーくんを壊さないと。
優しくされてはいけない。
そんな風に、力になりたいだなんて言ってもらう資格はない。


このままだと、俺がおかしくなる。


そして。
何時間もまーくんを拘束して、薬を打って、玩具で弄んだ。
…暗闇が苦手だって知ってるのに、それでもどうにかして、まーくんにそういう感情を向けられないようになってほしくて。


今度こそ絶対に逃げられないように、抵抗できないように首輪をつけた。
そして目隠しまでして、俺のことが見えないようにした。


…たとえ、薬のせいでおかしくなったとしても


元に戻らなくなったとしても、


(……それでもいい。)


「どんなまーくんでも俺は愛せる自信があるんだよ」


肩で息をして喘ぎ続けるまーくんの髪に軽く口づける。
そしていつか呟いた言葉を、吐いた。

―――――――

本当に、それでいい?

…わからない。

でも、他にどうしたらいいかわからないんだ。
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