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(…まずい…ッ、)
あんな量を飲んだら確実に死ぬ。
死んでしまう。
…まーくんが、…いなくなる…?
体温という体温が全身から消えたような錯覚に陥った。
心臓が爆発限界で壊れそうになって、意識する前に制止の声を吐き出す。
「…だめだ…ッ、!!!!」
「…っ、げほ…ッ、げ…ッ、」
急いで手にまだ取ろうとしているのを奪い取って、まだ飲み込んでない分は口の中に指を突っ込んで吐き出させた。
…でも、全部じゃない。今さっき飲み込んでしまった分までは取り出せない。
「何やってんだよ…っ!!」
「……っ、!!ごめん、なさ、…っ、」
さっき目にした光景が忘れられず、いつも以上に感情のまま荒げた声音を出す俺にビクっと震える身体。
…でもそれは俺の怒っている理由を理解して謝ったわけじゃなくて、ただ怒られたからってだけだ。
「ごめん、なさい…っ、おれ、わる、くて…っ、わる、ごめん、なさ…ッ、」
「………っ、」
その俺の一言で、ただでさえ涙で潤んでいた瞳から余計に大粒の涙が溢れた。
そして、その顔や腕にはさっき爪で引っかいた時にできたものだろう幾つかの切り傷。
それでもやっとこっちに意識が向いたことが、こんな状況でも嬉しく感じてしまうから、
「っ、」
焦りと恐怖のせいで心臓の鼓動が速くなりすぎて、収まらない。
…そんな顔を、させたいわけじゃないのに。
ぐしゃりと苛立ちをぶつけるように前髪を掻き上げて、堪えられない感情を吐き出すように熱く狭くなった気管支から音を振り絞った。
「まーくんが死んだら、俺は…ッ、」
(…俺は、)
言葉にならない声で、存在を確認するようにその手を取る。
俺よりも小さい手。
掴んだまま引き寄せて、抱きしめた。
少し汗ばんで熱いけど感じる温かな体温、肌の感触。
…生きてるということにほっと安堵して息を吐く。
「…(今まで散々あんな、…絶対に褒められることではないことをまーくんにしたくせに、本当…どの口が言えるんだ)」
自嘲気味な笑みを零して、思わず声を出して笑ってしまいそうになった。
ばかみたいだな、俺は。
でも、…大丈夫。
大丈夫。
まーくんはまだここにいて、生きている。
…さっき飲んだ薬も、そこまで、死ぬほどの量じゃない。大丈夫。
必死に自分を落ち着かせながら、その身体を抱きしめているとぎゅうと服の裾を掴まれる感触。
その慣れない感覚に、一瞬ぴくりと身体が反応してビクついた。
「ごめ、なざい…っ、ごめん、なさ…ッ、ゆるして、くだ、さい…っ、、おねがいします…ッ、ごめんなさい…ッ」
「…あー、もう…」
涙声で延々と謝ってくるまーくんに、息を吐く。
昔から自分が悪くなくても、とりあえず謝る癖がついてしまっていることに瞳を伏せた。
…どう考えても相手の方が悪かったとしても謝ってしまうのは、…あの人達のせい、なんだろう。
やっと冷静になってきた自分の心に、幼いまーくんの姿を思い出して重く圧し掛かる痛み。
「…ごめん。怖がらせて、ごめん」
「すき…っ、すき…ッ、だから、おねがい…なんでもする、から…おれ、はなにも、わかりたく、ない…っ、思い出したくない…ッ、…」
縋るように抱きしめ返してくる腕。
瞼が擦れて、肩の辺りが濡れた。
何かを、何か言葉を言おうとして、…口を噤む。
「……うん。ごめん、な」
頷いて、そう言うのがやっとだった。
――――――――――
まーくんが一番辛かったはずの”あの時”に
…一緒にいられなかった俺には、「思い出して」なんて言う資格はない。
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