ただ、傍にいたかった。
改めて、思う。
まーくんと俺の時間は、絶対にまーくんにとっては辛い記憶で、
それこそ昔まーくんが母親を刺して記憶喪失になったように、今は俺がそうさせてしまいそうな原因を作っている。
好きだったから。
まーくんのことが大好きだったから、
(…愛してしまった…から、)
こっちを見てほしくて、振り向いてほしくて、…本当に酷いことを、した。
…どう考えても、そんなことをする俺のことを好きになってくれるはずがなかったのに。
縁側で、隣に座るまーくんの瞼には目隠しをしていなかった。
俺があげた着物を身に着けて、夜の風に微かに髪を揺らしながらこっちを見上げてくる瞳。
ふいと視線を逸らした。
(…でも、それでも)
一緒にいられた時間は凄く凄く幸福で、泣きたくなるくらい幸せで、
ただ、まーくんと出会えて本当に生きていて良かったって、思えたから
「…――好きだった。本当に、真冬のことが好きだった」
「…っ、」
真冬、なんて呼び方をするのはいつ以来だろう。
その名を口にすると、感情が波のように溢れてくる。
目を閉じて、これ以上ないというくらいに抱きしめて、
できることならずっとこのままでいられたらと願うようにその体を腕の中に閉じ込めた。
失いたくない。
離れたくない。傍にいたい。忘れられたくない。好きになってほしい。
俺を好きだと言ってくれるまーくんはただの夢だとわかっていても、まだ、今の俺への気持ちが消えないでほしい。……好きで、いてほしい。
微かに震えてしまう体の反応が伝わったのか、相手が驚き、息を飲んだのが密着した布や肌越しに伝わってくる。
本当は、ずっと昔に言いたかった言葉だった。
真冬って呼んでいた時、まだあの頃は自分の感情だってあやふやだったけど。
でも、その時に言えていたらもうちょっと今とは違う未来になってたのかな。
…なんて、今更取り返しのつかない後悔が思考を過って内心笑みを零す。
それにご褒美、だなんて言い方をしたけど、これは贖罪のつもりだった。
本当は俺が傍にいて、まーくんを幸せにしたかった。
一緒に居て、また昔みたいに笑い合って、笑顔にしたかった。
でも、違ったんだ。
俺が一緒にいるから、幸せになれない。
俺がいるから、こうして執着してしまうから、…逆に相手を不幸にする。
(…大切な人を苦しめて、その不幸を代償に自分だけが幸せになるなんて、)
そんなの…もう、無理だ。
だから今なら、
…一緒にいないことで、まーくんが幸せになれるなら…もうそれでもいいやって思える。から。
苦しいほどの名残惜しさを堪え、体をゆっくりと離した。
「…ッ、おれ、は……」
涙に滲んだ、声。
絡めた指に、軽く力が込められた。
少しは俺を離れることを、寂しがってくれてるのかな。
思いきり今すぐにでも泣きだしそうな顔で俺を見つめて、何かを吐き出そうとする言葉を遮るように声を被せた。
「まーくん、」
愛してる。
愛してる。
愛してる。
誰よりも、愛してる。
そんな言葉では足りないくらい、表現できないくらい、…好きだった。
だから、
「…ばいばい」
「……、」
俺に手を伸ばして、でも何かを言いかけようとした唇が先を告げることはない。
意識を失った身体をぎゅうと強く抱き竦めた。
もう二度と、触れられない体温。感触。
瞳を伏せ、その後頭部に手を回して引き寄せる。
「……」
静かに重ねた唇は、涙の味がした。
―――――――
昔、まーくんが望んだ”くーくん”はもうどこにもいなくて、
真冬って呼んでた頃、俺達は二人ともきっと同じ思いで心の底から笑い合えてたはずだったのに。
好きだよ、と震える声で呟いた言葉は誰にも届かない。
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