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今度こそ、やれた。
「……(確実に心臓を刺したから間違いない)」
地面で肉の塊となった身体の腹部辺りを蹴ってみる。
重く、足先に感じる感触。
ごろりと転がったせいで、その肉体の下の床が露わになった。
畳を染めている赤黒い染み。
油断すれば今すぐにでも起き出してきそうな気がして、まだ少し構えて息を顰めた。
「…(でも、)」
これで、まーくんは今度こそ安全になる。
誰にも狙われずに、これからを生きていくことができる。
はは、と笑みを浮かべながら顔に飛んだ血飛沫を袖でもう一度拭った。
人を刺した、一度目のような震えはなかった。
恐怖はない。
怯えもない。
この何年間か慣れさせてきたおかげか、笑う余裕さえあった。
手段は至極簡単だった。
この人が女とセックスしている間に、後ろから無防備なところを俺が刺した。
女に惚れこんでいたから余計に隙だらけで。
下を見下ろすと、驚いた表情のままの情けない男の顔。
まさかセックスしている最中に刺されるとは思わなかったんだろう。
しかも逃げられないように自分の夢中になってる女に首を掴まれて固定されるっておまけつきで。
協力してもらったから、それ自体は意外なほどうまくいった。
…あれ程脅威だった男がこんなに呆気なく死ぬものなのか、と拍子抜けするほどに。
少しして、廊下からドタバタと大人数の足音。
直後、音を立てて開かれるドア。
「へー、逃げないんだな。この人数に勝てると思ってんの?」
「…負けたら俺が死ぬだけだよ」
振り向いて、視線を向ける。
相変わらず濃い化粧をして薄く微笑を浮かべているその男。
椿 なぎと屋敷の犬達を瞳に映して、一度緩めた気を引き締める。
「あげる」
ドサリ。
下に転がっている男の後襟を乱暴に掴んで声の方向に投げた。
放り投げられた男が”誰”かを察して、ドアの辺りで湧く悲鳴と混乱の声。
「清隆様!?!蒼様、一体…何を…っ、」
「何を…って、見ればわかるだろ」
わざとらしい。
驚いているような顔も、慌ててその人に駆け寄る手下たちも、その後ろで仮面のように無表情を貫いている顔達も、全てが嘘くさく感じる。
ナイフの刃についた血を手首を軽く振って払った。
自分でも意外に思うほど、心が妙にしんと底冷えしたように刺々しく澄み切っていた。
「…次は、お前らの番だから」
「…ッ、」
地の底を這うような声で吐き捨てる。
冷え切った瞳を向けると竦みあがったように顎を引いた従僕達とは反対に唇を歪に歪ませて楽しそうな顔をする椿を見据えた。
まーくんがいない今、誰を守る必要もないから好き放題にできる。
大切なものを手放してしまった俺に残されたのは、大きな喪失感だけで。
(…もう、全部どうでもいい)
再びモノクロになってしまった世界を物足りなく感じながら気怠く瞼を伏せて、掌に握ったナイフを手の中で転がす。
もし俺が死んだら、まーくんは泣いてくれるかな。
…なんて、こんな状況でも結局考えるのはそんな馬鹿みたいなことだけだった。
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