トリヒキ(妃ver)
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「……蒼様…」
目の前で苦しそうに息を吐いて布団に横たわる姿に、心配でいても立ってもいられない。
高熱によってその肌に滲む汗をタオルで拭った。
ずっと前から蒼様に恋焦れていた。
その綺麗な顔とか、冷たい雰囲気とか、優雅な身のこなしとか、全てが理想的だった。
…私の理想の、王子様。
「…死なない。蒼様が死ぬはずがないわ…」
こんな時でもその美しさに見惚れてしまう自分を叱咤し、蒼様の手に恐る恐る触れてぎゅ、と握る。女の自分の手よりも大きくて整っている手に、意識しないようにしてもどうしても高鳴ってしまう心は止められなかった。
元々他の人間なんかと比べられない程綺麗な顔をしているから、血の気の引いたその姿は精巧に丁寧に作られた人形みたいだった。
本当に生きてるのか心配になって、でも触れた手から伝わる高熱による熱い体温から生命を感じて安堵する。
屋敷に呼んだ医者によって応急処置が済まされ、でも一刻も猶予は許されない状態だと言う。
救急車を待っている間、この時間が一番できることがなくてやりきれない。
「……ぅ、…」
「蒼様…ッ?!」
呻く、小さな声。
持ち上げられる瞼に慌てて覗き込んだ。
「私です。妃です…っ、わかりますか?!」
「……」
熱のせいで多少熱を帯びた、気怠げな瞳。
その瞳が、声に反応してこっちを向く。
(…っ、)
瞬間、ドクンと全身に電撃のような衝撃が走った。
…ああ…蒼様が、蒼様が私を、見てくれてる。嬉しい。ずっと眺めているばかりだったのに、こうして見つめ合える日が来るなんて、
でも、合った視線はふいと簡単に逸らされて、何かを探すように動いた。
「……まーく、…は?」
「…――…」
さっきの高揚した気分が頭の上から氷水をかけられたように一瞬で台無しになった。
…また、”あの男”の名前を呼ぶ。
私が目の前にいるのに、まるでいないかのようにふるまって、またあんな奴のことばかり。
やっと、追い出すことができたのに。
ここから、いなくなったのに。
汚らしい格好をしていた男のことを思い出して、苛々と頭を振った。
…これ以上、私達の邪魔なんかさせないわ。
もう話にも出したくなかったけれど、じっと答えを求めて見つめてくる瞳に観念して白状する。
「さぁ…、せっかく蒼様の温情で家に戻そうとしたのに、逃げ出したらしくて…」
「…ッ、にげ、だし…た…?」
「ええ、止める余裕もなかったみたいで、…って、」
一瞬ただでさえ血の気の引いた顔が更に白くなって、その直後握っていた手を雑に振りほどかれた。
手のひらから消える…体温。
「…どいて」
「……え?」
見て分かる程、その顔に焦りを滲ませる。
布団につけた腕で身体を支えて、上体を起こそうとしていた。
緩く着付けていた浴衣がはだけて、今まで外からは見えていなかった包帯までもが外気に晒される。
(…まさか、)
だめ、だめ。
「…っ、だめです!」
叫んで、その腕を掴む。
身体に巻かれた白い包帯が、みるみるうちに赤く染まっていくのが見えた。
元々身体中に負っていた傷に加えて、胸と肩の真ん中あたりの刺されたような傷が深すぎて軽い縫合しかできていないというのに。
それだけじゃない。
…また蒼様をあんな男のところに行かせたくなかった。
「蒼様…っ、まだ動いてはいけません…っ!本当に死んでしまいます…!」
「…どうせなら、死んでた方が良かった、んだけど」
辛そうに息を零しながら、…ぽつりとそんなよくわからないことを呟いて、「どういう…?」と疑問を言葉にすると、私の手を払って立ち上がってしまう。
額から異常なほどの汗が滲んで、顎から包帯を巻いた身体におちていく。
そしてその包帯に染み込んだ赤い色が、更に量を増していって。
「…っ、」
何故あんな人間のために蒼様がここまで大変な思いをしなければならないのだろう。
こんなのおかしい。
蒼様と結ばれるはずなのは私で、本来こんなに想ってもらえるのは私のはずで、あんな人間じゃないはずなのに。
何かが間違ってあの男を好きだと蒼様が錯覚してしまっただけなんだから。
(…そうよ。蒼様と赤い糸でつながってるのは、私のはずだわ)
あんな人間のはず、ない。
血の滲むほど唇を噛み締めて、もう一度留めようと下からその腕を掴む。
「…まーくんのところに、いかないと…」
「…っ、だめ、です…っ、行かせません」
ほとんど意識がなくて、朦朧としてるのは見てわかる。
立っているだけでやっとのはずだ。
こんな状態で行かせたら、死んでしまう。
「離せ」
「…ッ、」
地の底を這うように低くなった声音。
本能で危険を感じて身が凍った。
氷のように冷え切った瞳に、ビクッと全身が震える。
でも、
嫌、いや。
恐怖に耐えて、一生懸命首を振る。
「…何故、ですか…」
ぽつりと零れた言葉。
さっきだって死ぬ一歩手前だったのに、今歩いたら本当に助からなくなるかもしれない。
どうして。どうして
私の言葉なんか耳に入ってこないというように、それでも立ち上がろうとする姿に、怒りと屈辱感で涙が滲む。
「あんな人間のことなんて、どうでもいいではありませんか…!話に聞くと、幼少期から碌な環境で育っておらず、色んな男に人には言えないことをされたというではありませんか?!そんな人間は蒼様に釣り合いません」
「そんなの、どうでも」
「どうでもよくありません…!!」
よくない。良いわけがない。人はその人と釣り合った人間と一緒にならなければいけないのだから。あんな底辺で育った人間と蒼様が釣り合うはずがない。幸せになれるはずがない。
…そもそも、男同士なのに。
女の私なら誰の反対もなく、偏見もなく一緒の立場で支えてあげられるのに。
「…お前に構ってる暇なんかないんだって」
「蒼様…っ、蒼様は私と結婚してくださるって仰いました!約束してくださいました!」
だったら、私の言うことが最優先のはずだ。
あんな何も持っていない人間より、私の言葉の方が優先されるはずだ。
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