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嬉しさにだらしなく頬を緩めながら、思いを伝えた。
「くーくんとぎゅってすると凄い安心する」
「…俺もだよ」
応えてくれる声が、優しい。
へへ、と笑いながらぎゅーっとして、包んでくれる体温に、このまま眠りにおちてしまいそうになった。
…でも舌をなぞった言葉になんだかちょっとした疑問。
「…ねえくーくん」
「何?」
がばっと顔を上げて、見つめ合う。
「おれ…くーくんのこと、ずっと『くーくん』って呼んでたっけ?」
「うん。そうだったけど」
「そっ、か。…うむ。そうだった気がする」
…他の呼び方してたような気がしてた。なんでこんな当たり前のことを不思議に思ってるんだろう。
そしておれの言葉に何故かちょっと変な表情で頷いたくーくんの腰に腕を回しながら抱き締めて。
嫌な感じを振り払おうと、胸元にさっきよりも強く顔を埋める、と
「…っ、」「…くーくん?」なんだかそうすると凄く痛そうに顔を歪めるから、ちょっとだけ力を抜いた。
そして、鼻につく…匂い。
(…なんか…血みたいな、…)
その匂いにざわっとどこかが変な感じになって、振り払うようにぶんぶんと首を振った。
「どうかした?」と何事もなかったように優しく笑うくーくんに「なんでもない!」と返して今度は少気遣いながらぎゅーっとその身体にじゃれつく。
がぶがぶとなんだかすごく甘えたい気分だったので、その首に噛みついてみた。
「まーくんが犬になった」と笑いを滲ませた声。
くーくんも同じようにおれの首筋をがぶりと甘噛みした。
でも、そうやってじゃれながらぎゅってしても、おれを抱いてるのが片腕だから前みたいな包まれてる感じが少なくて、ちょっと物足りない。
「もっと強くぎゅーってして」
「もっと?」
「うん」
ぎゅ。
「…まーくん、痛くない?」
「うん!もっと!」
そして、抱きしめ返してもらって、
その力に一層強く抱かれた瞬間、
ぎゃ、と唐突に身体が跳ねた。
「って、いだだだ!!」
「…っ、まーくん、ごめん。強くしすぎた」
「違う。くーくんは悪くない!」
…させたのはおれのほうだし。
心配そうにこっちを覗き込むから、む、と眉を寄せて違うともう一度否定する。
本当に、悪いのは違った。
…だって、さっきからっていうか、起きた時からそのままだし。
気のせいかなーって思ってたけど、そうでもなかった。
「いーから、もう一回ぎゅってして」と要求しながらもう一度胸に顔を擦りつけて甘える。
心が落ち着くのを待って、ぽつりと呟いた。
「……ねー、くーくん。なんでだろ。ずっと身体中が痛い」
適当にほっぺに貼ってあった白いのをべりっと剥がす。
…と、「だめ。まだ治ってないんだから」と結局また新しいのをつけられた。…むむ。
そしてその動作でまた身体が離れてしまったので、もう一回ぎゅー。
「…なんで痛くなったか、覚えてる?」
「んー」
一生懸命思い出そうと頭の中をぐるぐる探してみる。
でも、結局首を傾げることになった。
「わかんない」
「…そっか。」
「まーくんがその方が良いって判断したなら、俺もその方が良いと思うよ」とよく分からないことを言って、「?」とハテナマークを浮かべるおれの髪を撫でて何故か酷く寂しそうな表情で眩しそうに瞳を細めた。
頭を撫でる手が温かくて、気持ち良い。嬉しい。
…いつも傍にいてくれて、優しくしてくれる。
「えへへ、くーくんだーいすき」
「…俺も、まーくんのことが大好きだよ」
その胸に顔を埋めて呟くと、ふ、と吐息まじりな声音と頭を撫でてくれる手。
返ってきた言葉にこれ以上ないほど嬉しくて、幸せで、頬をだらしないほど緩めた。
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