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……
…………
どれぐらいそこで泣いていたんだろう。
…そうして、そんな涙さえも枯れて出なくなった頃、
ガチャリ、と扉の開く音がした。
(…誰か、来た…)
せっかく開いたのに、ぺたんと尻を床につけたままで腰が抜けたように動けない。
その隙間から零れてくる光に、目が眩みそうになりながら救われたような気持ちで怠い頭を動かして、音の方向を向いた。
…すると、
「生きてらっしゃいますよね?」
「……ぁ…、」
すぐ近くから、聞こえる…女の人の声。
音の場所は本当にすぐ傍だった。
…なのに、ずっと暗い部屋にいたせいで光が目に痛くて、その人の形さえ見えない。
泣き疲れたせいでほとんど声が出なかった。
動かそうとした分だけ、涙の伝った頬がひりひりと痛む。
パクパクと口を動かして、でも答えられない。
けど、その人はおれを目に映したのか安心したような声を漏らした。
「…ああ、良かった。もし何かあれば蒼様に叱られるところだった」
「…(…蒼様…?)…」
どこかで聞いたことのある呼び方に、内心首を傾げる。
「……だ、れ……?」
声を出すだけで喉が引き攣れて、咳き込んだ。
肩で息をしながら目に滲む涙を汚れてしまった服の袖で拭って、顔をあげる。
…やっと慣れてきた視界で声の方向を見上げると
くーくんとおれと同い年ぐらいの、着物を着た女の人がいた。
黒い髪を後ろで束ねた綺麗な人。
耳元に可愛いピアスをつけている彼女は呆然としたままのおれに、にこりと笑ってお辞儀をする。
「まず初めに謝罪をしなければなりませんね、…この間は失礼いたしました。」
「この、あいだ…?」
…相手の言葉を、ただ繰り返して、
まるで会ったことがあるような口ぶりに目を瞬いた。
まだ泣き腫らした余韻で頭がぼうっとしてうまく働かないせいか、何の目立った反応もできない。
「…?」と疑問に頭を悩ませていると、女の人の整えられた細い眉が怪訝にきゅ、と真ん中に寄った。
それがなんだか怒る直前のお母さんの表情に似ていて、ビクッと肩が跳ねる。
「…もしかして、覚えてらっしゃいませんか?」
「…ぁ、ご、ごめんなさい…おれ、」
ドク、ドク、と一気に心拍数が上がって、吐く言葉が震えた。
落ち着け。落ち着かないと…どもっちゃだめだ。どもったら不機嫌にさせてしまう。
「わかり、ません…」とりあえず何か答えなければとあわあわと慌てふためきながら頭を下げて、もう一度最早条件反射で謝った。それからじっと彼女を見つめて、必死に思い出そうとしてみる、けど…やっぱり見覚えがない。
それでも自分が忘れているだけってこともありえるから、怒らせてしまったらどうしようと余計に怯えて俯いた。
「…そう、ですか。…わす…て、」
「…あ、の…?」
小声でぽつりと何かを呟く声に、一層戸惑いながら見上げる。
…と、次の瞬間、彼女は何故か少し弾んだような声で「ごめんなさい。私の気のせいだったみたいです」と笑顔を浮かべた。機嫌を悪くしなかったらしい。それを見て心底ホッとする。…おれが忘れてたんじゃなくて、良かった。
「それと、ごめんなさい」
「…へ?」
「こんな場所に閉じ込めておくだなんて、酷いにも程がありますよね。彼らはこの屋敷で務めている方たちで、私の与えた命令を勘違いしてしまったらしくて…こんなことがないようにきちんと私が言い聞かせておきますから」
…もしかして、この女の人は凄い偉い立場の人なのかな。
申し訳なさそうに眉を下げる彼女に、「だ、だいじょうぶです!」とゆるゆると首を振った。
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