14

くーくんの匂い。
ちゃんと…血じゃない、くーくんの良い香りがする。

あと、ちょっと汗の匂いがした。
よく見ると、なんだか息切れしてるような気もする。
…走ってきたのかな…?


疑問を抱えつつ、くーくんの頭にしがみつきながらほんの少しだけ、強がりを言った。



「何もされてないし、それに、…あの人が声かけてくれたのは、嬉しかった」

「……あー、もう本当に…」


呆れたような息を吐く気配を感じて、少しだけ身が委縮した。
首に回した腕に、無意識に力が入る。

(…くーくんに嫌われたら、)

そう思うだけで心臓がぎゅっと縮んだ。



「ごめん、…ごめんね、くーくん」

「なんで謝ってんの。まーくんは悪くないだろ」

「……う、ん…」



耳元で聞こえる声は本当に怒ってる感じじゃなくて、安堵に強張らせていた身体から力を抜く。

「…今回はまーくんに免じて許すけど、次はないから」と男の人に言うくーくんはちょっと怖かったけど、さっきよりも大分気が抜けたようだった。
それを感じて、抑えようにも抑えられない口元が緩む。


「…ふへ、ぐへへ」

「…何、…どうかした?」

「へへ、ありがと。くーくん。いい子いい子ー!」

「…っ、危ないよ」


突然笑い出したおれに怪訝な顔をしたくーくんの髪をわしゃわしゃと掻き乱すようにくっちゃくちゃにする。
髪が乱れてちょっとお間抜けなくーくんが凄く可愛い。



「ふふん。おれに良いようにされるくーくん最高」

「……」


揶揄ってみると、一層むすっとした表情で何の返事もないまま、元の進行方向を向いて歩き出したくーくんに、わわわと慌てた。
気を抜くと落ちる。腰からいってしまう。



「そ、それより、この抱っこ…部屋までずっとするの?辛くない?」

「俺がしたいから、してるだけ」


「…いや?」と横目でチラリと窺うような視線に、ぐるる、と喉が鳴った。それは卑怯だ。狡い。くーくんの上目遣いにおれ悩殺!



「…っ、そんなこと、ない、けど。うむ、そんなことない」


正直言うと、結構恥ずかしい。
けど、嬉しくもあるという不思議な感覚で、

…はむはむ、と他のやることもないので、耳の縁を唇の先で噛んで照れ隠しに甘える。一瞬強く歯で噛むと「…っ、ぃ、」と驚いたようにビクッとしたくーくんに満足して離す。
そうして、ぎゅっともう一度抱き付いた。


羞恥心も落ち着いてきた頃、吐息まじりに…、ずっと胸に抱えてた本音を零す。



「くーくんがいなくて、寂しかった」

「…俺もだよ」



聞こえてきた声に、また嬉しくて笑って、……ちょっとだけ泣きそうになった。
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