15

部屋に戻って、おろしてもらう。
トン、と足に床をつけてそのまま座り込んだ。
…抱っこされてたのも含めてだけど、でも主にそれ以外の意味で強張ってた身体から力を抜く。

二人だけの空間になって…やっと、本当に息を吸えたような気がした。


「……」

「……まーくん?」

「…………」


そのまま離れてしまうのがなんだか心許なくて、きゅ、とその裾を掴む。

”わがままばっかり言わないで…!!”

耳に残っているお母さんの、声。

…これも、わがままなのかな。

わかんない、けど、

(………)

少しの間悩んで、


「……くーくん、」


呼びかけ、顔を上げた。
…嫌な感じに、胸がどきどきする。

こっちを見下ろすくーくんと目が合って、ちゃんと、久しぶりに見た顔に、…思わず口元をへの字にした。

なんで、

なんでこんなに、胸が苦しいんだろう。

意味もなく、泣きそうになる。

ほんのちょっとしか離れてないのに、ほんの少ししか、距離はないのに、

それでも、


「……ぎゅって、して」


……ちょっとの距離も、もう離れたくない。

唇をぎゅ、と噛んで懇願するおれの手は小さく震えていて、


「…うん。しよっか」

「…っ、する」

「おいで」


拒絶することなく、嫌な顔ひとつすることなく、
ふわりと顔を綻ばせたくーくんが両膝を床につける。

…受け入れてもらえることがこれ以上ないほど幸せなことなんだって知ることができるのは、くーくんがいてくれるからだ。

その首に腕を回して、自分から抱き付いた。
そうして、腰の辺りに回される腕。

…包み込んでもらってやっと安心する。ああ、生きてるって、安堵する。


「…くーくん、もう痛くない?」

「うん。ほとんど治ったよ。結構生死彷徨ったけど」

「え」


生死…?!

さらっと流された言葉に、ぎょっと目を見開いて見上げれば、「嘘」と綺麗な笑顔で楽しそうに笑うくーくんに、どこまでが本当なのかと表情から読み取ろうとして、でもすぐに胸元に顔をくっつけるようにして抱き寄せられてできなくなった。


…ど、どういうことなんだろう。くーくんは我慢屋さんだから心配だ、ともうちょっと表情観察しようとして、だけどそうしようとしたらもっと強めにぎゅううってされて数分ぎゃーぎゃーと声を上げながらジタバタして抵抗を諦めた。


「…さっきおれを抱っこしてる時のくーくんの手、ちょっとぶるぶるしてた」


しばらくそのままでいると、ようやくドキドキしてた心臓が落ち着いてきて、ゆっくりと息を吐いた。
首筋辺りに顔を押しつけながら、耳元で聞こえるくーくんの声音に耳を澄ませる。


「まぁ、ほとんど片腕しか使えない状態だからってことで許してほしいな」

「……重かった?」

「んー…どうだったと思う?」

「む」


少し笑いを含んだ声。

…本当に意地が悪い。


いや、そりゃあ重かっただろうけど。
…ちょっとは否定して欲しかったというところが抱っこされた方の欲であってごにょごにょ…。もう別にいいけど!嘘。良くない。



「そういえば、なんで外に出てたの?」と聞いてくるくーくんに、「あ!」と声を上げた。

…そう言われると、思い出したかのように身体が痛くなってくる。「うおお痛いよくーくん!」と慰めてもらいながら、かくかくしかじかと夜起きてからの経緯を話した。

…そうすると、真剣な表情をしたくーくんが何故か突然ハグを解いて棚の方に歩いて行ってしまう。
消えた温もりにしょぼんとしながら、その動向を目で追った。トコトコとついていこうとすると「待ってて」って手で”待て”をされる。


仕方なくじっと待つこと少し。
どっか別の方にも行って、戻ってくる姿。


「鎮痛剤の効き目が切れたんだと思うから、これ飲んで」

「……ちんつうざい?」


手渡される、錠剤の物と水の入ったコップ。


「うん。痛み止め」

「……」


手の中にあるそれをぎゅっと握って、それを渡してきた本人をじっとりと睨んだ。

…納得がいかない。
む、と唇を尖らせた。


それに気づいたくーくんが首を傾げて、おれのとんがりした唇をつまんでむにむにする。
むぐ、しゃべりづらい。


「何、そのむくれた顔は」

「…だって、離れたから」


こんなことのためにおれをぎゅってするのやめたのか。

仏頂面で両手を広げて、さっきしてたハグをアピールしてみせる。
あんまりうまく表現できなくて、ほとんど手をばたばたさせただけだったけど。
言葉じゃなくて、察しろ!伝われ、と一生懸命表現した。


「ほらほら、わかる?おれのいいたいこと!」

「…分からないから、もう一回やって」

「むむ、くーくんの鈍感!」


次こそは、と大きく両手を広げて、抱え込む動作をする。
そうすると浴衣の大きい袖がぱたぱたと一緒にゆれた。
よしよし、と頭を撫でる仕草まで付け加えて、「どうだ!」と胸を張って鼻高々に見上げる。

…なのに、


「何、その可愛い行動」


その必死なおれの行動に、ふ、とおかしそうに笑みを零す顔。
…考える素振りも見せないくーくんに、段々不機嫌になってきた。


「む?!!今くーくん馬鹿にしたな!?」

「…そんな可愛い行動されて馬鹿にできるわけないだろ。後でちゃんとぎゅーぎゅーするから、先に薬飲んで」

「……っ、」


可愛い可愛いって、
…くそう、なんだか子ども扱いで凄く悔しい。

しかもぎゅーぎゅーってわかってたんじゃないか。二回目のやつ、わざとやらせたんじゃないだろうな、とじーっと怪しさに疑ってみる。

でもくーくんは、持て余したような表情で「まーくんは可愛い」と笑っておれの頭を撫でてくるだけで、…そういう余裕で受け流したような態度にまたむむむと眉が寄る。
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