20

頭に乗せられた手が一瞬止まって、…そうして気遣うように、優しく動く。

だけど、その手がなんだかいつもと違って、


「…くーくん?」

「…今のまーくんにそういうことを言われると、正直…どう受け取っていいのか迷うよ」

「……どう、して?」


首を、傾げる。
言われてる意味がわからなくて、その顔を見ようと上を向こうとした。

…と、身体が少し離される。


「なぁ、まーくん」

「…な、に?」


予想なんかできなかった。

…視線を上げた瞬間

吸い寄せられるようにして、目が合う。


「…っ、」


…こっちをじっと見つめる、冷たい瞳。

ふい、とその視線が逸らされた。


「…この傷、誰がつけたんだと思う?」

「…え…?」


それはあの時、おれを助けてくれたくーくんが他の人を睨んでいた時よりも、ずっと暗くて、…だけどもっと深い何か別の感情を含んでいて、


「…っ、い゛…っ、」


手首を強く掴まれて、軽く持ち上げられた。
瞳の方に気を取られていたせいで、反応に遅れる。


「…きず…?」


確か…前に、くーくんに聞かれたところ。

相手の言葉を繰り返して、そっちに視線をずらす。

包帯をしていないせいでむき出しになっている肌。
…そこに存在している、真新しい…切り傷の跡やミミズ腫れ、打撲痕に、注がれる視線が、…怖くて、

突然変わったくーくんの雰囲気に、怖くて、ビクリと身を震わせる。


「…わ、わかんな…っ、」

「俺じゃ、ないんだよ」


ぽつり。
彼はそう言葉を零して、暗く揺れた瞳で悔しそうに唇を噛む。

…この傷が、おれにはいつ出来たものなのかもわからないけど、くーくんにとっては…そんなに嫌なものなんだろうか。


「………」

「…っ、ん、」


くーくんがそこに顔を近づけて、唇で軽く触れた。
吐息とその柔らかい感触に、思わず身を引く。

そうして出した舌で、その爛れた跡をなぞるように舐められた。痛くて、びりびりする。
ぬるりとした感触に、…そこを舐めるくーくんの表情に、青ざめるよりもカッと頬が熱くなった。

くすぐったさに「…や、…っ、」と声を出して離そうとすると、背中に回った腕に逃がさないように閉じ込められる。


「……くーくん?…どうし、」

「見る度に思うんだ。…なんで俺じゃないんだろうって。これをつけたのが…アイツじゃなくて…俺だったら良かったのにって、」

「………」


悔しそうな、それなのに泣きそうな顔で、彼はおれの胸に顔を埋める。黒髪が、さらりと揺れるのが見えた。
同じようにそこにも傷跡があって、柔らかい感触がそこを這うようにしてなぞっていく。
…そうされるとゾクゾクと身体に痺れに似たものが走った。

不意に、その眉が不機嫌に顰められる。


「…あー……まーくんが別の人間のモノになったんだって見せつけられてるような気がして、マジで苛つく…」

「…くーく…っ、」



ガブリ

と、肌を上から下になぞっていただけの唇が牙をむいた。

歯を強くソコに立てられる。

あまりにも強い痛みに、ぎゅっと目を瞑った。

一瞬の激痛と、…胸元から、じわじわと広がる痛み。

反射的に離れようとすれば、背に回された腕に力が込められた。
ぎゅっと閉じ込めるように抱きしめられて、息が詰まる。
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