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その言い方さえも凄く厭らしくて、思わずぶっきらぼうに嫌じゃないのにそんなことを言ってしまう。
「…も、もう、結構痛いんだからな…!」と肩からはだけていた浴衣を上に戻して、照れ隠しに肌を隠した。


「…なぁ、まーくん」

「むー…?」

「俺がいない間、何もなかった?大丈夫だった?」

「……なにか…?」


もう既に忘れかけていた記憶をほじくり返してみる。
くーくんがいなくなって、よくわからない場所に閉じ込められちゃって、でも女の人が出してくれて、でもそれは結局誤解だったって後でわかったし。

…あとは、男の人と話して、よくわかんないことになって、くーくんがきてくれて、


「そんで、ぎゅー!」

「…答えになってないんだけど…」

「くーくんがいればいい!」


思い出したけど、最後のくーくんにしか意識がいかなかった。
他はどうでもいいや。

瞼に触れる指先。


「…最初会った時、目…腫れてなかった?」

「…っ、あ、えと、くーくんがいないのが寂しくて、泣いてた、だけ」


新しく増えた傷にもじっと視線が注がれているような気がして、さりげなくその部分を服で隠す。
…み、見られて堪るか。


「くーくんのえっち!変態!」

「…なんで」


むす、とちょっと不意を突かれたように不満げな顔をして、そんなくーくんにへへ、と照れ笑いを浮かべながら身体をもたれかけさせる。


「…そういえばまーくんの髪、さらさらだな。いい香りもするし…お風呂入った?」

「うん。本当はいっしょに、…はいりたかったけど」

「…どうやって、お風呂まで行った?」

「…そー…なんか、…やさしい、ひとが…」


頭を撫でる手に、むひひと口を「〜」みたいな感じにして、そうすると次第にこくこくと頭が船を漕ぎ始めそうになる。頭半分で答えながら、段々呂律が回らなくなってきた。…ねむい。

そうして温かい体温に包まれて安心しきって微睡んでいること……少し、

…突然、コンコン、と何かを叩く音がした。

ビク、と身体を跳ねさせて意識を霧から浮上させて、一度障子の方を見る。すると、そこには廊下の明かりに照らされた誰かの姿が影となって映っていた。

…黒服の人、かな。

目をパチクリとしながらくーくんを見上げると、ぎゃ、とこっちが悲鳴を上げそうな程、物凄く不機嫌そうな顔になっていた。

障子の外から遠慮がちな、硬い声が聞こえる。


「…突然申し訳ありません。蒼様、失礼ですが今…こちらにいらっしゃいますか」

「いるけど。…何?」


…それに対してさっきまでと全く違う、冷めた声。

「邪魔」と最早直接言葉にするくーくんにびっくりする。
無意識に服を掴む手に力が入って、怖い顔をするのにもまたビクビクとしていると、こっちを見下ろしたくーくんが目尻を下げて申し訳なさそうに微笑んだ。
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