29

よしよしと怯えた犬を落ち着かせるように撫でられて、まんまとへにゃりと顔が緩んで和んでしまう。なんとちょろい、おれ。ぱたぱたと揺れた見えないしっぽがへにゃっと床に垂れた。


「…病院から蒼様がいなくなったので安否を気にしているとの連絡が、」

「気にしなくていいと伝えておけ」


おれに気を遣ってくれているのか、大分穏やかになった口調で「わかったら早く下がれ」と命令するくーくんに、「では、そのように伝えておきます。失礼いたしました。」と事務的な感じで答える声。少しして、影が消えた。


ほうっと息を吐く。



「…くーくん、いつもなんか他の人に怖いの、なんで?」

「怖い?」

「…うん。ちょっと、だけ」


くーくん自身はこんなにあったかくて、優しくて、おれのことも考えてくれるような人なのに、…どうして、あんなにわざと冷たく振る舞うんだろう。怖がらせたいのかな…?
それに、どうしておれと二人でいるときとは違って、他の人と話すときだけ、…まるでくーくん自身が怯えているように、警戒しているように、おれを抱きしめる腕に力が入るんだろう。


「ごめん」と小さく謝る彼に、ぺたんと眉が下がる。…謝らせてしまった。



「でもくーくんはおれにだけ優しいから、全然嫌じゃないけどね!」

「むしろ嬉しいもんね!」とでへへとだらしない笑みを浮かべて、えっへんと胸を張る。
ぐりぐりぎゅーぎゅーと胸に顔を埋めて、堪らない特別感に胸を震わせた。

そうして、いいこと思いついた、と顔を上げる。
彼の前に出した長い脚にのっかかるような感じで腰に腕を回したまま、左右に揺れながら宣言した。



「おれもくーくんにだけ優しくする!他には冷たくする!」

「どんなふうに?」



目をキョトンとさせて、すぐに苦笑を交えた笑みを零す。
あ、なんか嬉しそう。


「こう、むぐぐぐって眉を寄せて、「何だよ!うるせー!」みたいな」


「どう?!」と指で眉尻を持ち上げて精一杯怒っている顔をした。おれから見た他の人に対するくーくんはこんな感じというか、んーなんだろ、表現すると、例えば…内心怖くてぶるぶる震えて怯えているオオカミが一生懸命そう見えないように唸ってる、みたいな感じ。


どーだどーだ!と楽しくて笑いながらくーくんを見上げていると、ふ、と持て余したような笑いを零す。


「…まーくんはいつも可愛いな」

「っ、ば、ぎゃ!!!」


そんな格好良くて、絶対に見惚れるしかない笑顔で頭を撫でられたら、意識する間もなく変な声出た。
こっちがおかしくなりそうだった。オーバーヒート。
恥ずかしすぎて、全身に何かが湧き上がってきた。


「あ、あうあう」ととりあえず熱い頬を手で押さえながら、「えと、あのね、今何かしてほしいことない?」と話を逸らす。

くーくんは別に良いって言ってくれたけど、でも、何か返さなければ!


「なんでもするよ!」

「何でも?」


両腕を広げて、「どんど来い!」と胸を張る。
本当に嘘でも虚言でもなく、何でもする気だった。
さあ!と待っていると、ちょっとした沈黙があって、


どうしようと少し困って、そして躊躇っているような表情をしているくーくんに、ほらほら、とくいくい袖を引っ張る。



すると、


「……膝枕、」


ぽつりと零される、小さな男の子みたいな望み。
prev next


[back][TOP]栞を挟む