30

短い単語が意外でぽかんと目を瞬くと、ものすごく言いづらそうな顔で少し視線を逸らした。


「まーくんに膝枕、してもらいたい」

「お!良いぞ良いぞ!来たまえ!」


チッ、ちゅーじゃなかった。ちょっと期待しただけに、どっちかというとおれが変態みたいになってしまった。

にこにことご機嫌に、あ、でも膝枕ってどうやってやるんだろう、と漫画で見た知識を振り返って、座ったままでいいかなと脚を前に伸ばした感じでぽんぽんと膝の辺りを叩いた。



「…じゃあ、お言葉に甘えて」


畳に片手をついて、上半身を倒した彼は、遠慮がちにおれの膝に頭を乗せた。


ふーと息を吐いて、
さらりと揺れて、重力に従う黒髪。


「……な、なんか」


(…意外に、膝枕って顔近い…んだなって、)

しかも恥ずかしいからせめて顔の向きをおれのお腹とは逆のほうに向けてくれればいいのに、何故こっち方向に顔を向けるのか…!!すごく恥ずかしい!!

彼の綺麗な髪をよしよしと慣れない手つきで撫でると、伏目がちだった瞼が、ゆっくりと閉じる。

なんかおれ、やってることが女の子みたいだなーと思いながらいつもとは全然違う覚悟で見下ろして、そうして長いこと撫でていると、眠ったのか目を閉じたまま何の反応もなくなった。

耳を済ませれば寝息まで聞こえてきそうなほど穏やかな表情で瞼を閉じていて、…


「………」


よからぬ衝動が湧き上がる。
悪戯したいな、という感情とちゅーしてやろう、という気持ちで顔をゆっくりと近づけていく。


…と、


不意にその瞼が持ち上がり、目があった。


「ぎゃ!」


息が止まるかと思った。
上目遣いのくーくん萌え!とか思ってる場合じゃないけど、自然と体勢的に上目遣いで可愛くてぎゃ、やられる!しかも睫毛長くて、羨ましい。おれもこんだけ欲しい。



「…何してるの?」

「ちょ、ちょっとくーくんの顔がかっこよくて直視できないのと、これだけ至近距離で見られると、おれの顔のひどさが露見に…」



だって本当にこれだけ距離が近いと、色々見られたくないとこも見られてしまう可能性がある。くーくんは格好良いからいいけど、おれはそうじゃないから嫌な思いをさせるかもしれないし、不細工って思われたくないし…!

至近距離で目があったのに耐えられずに、バッと反射的に顔を手で覆う。そうすると、手首を掴んでぐいとそこから外された。

こっちを見上げるくーくんの顔が、不機嫌にムっと眉を寄せているのが見える。


「さっきから何聞いてんの」

「…へ?」

「ずっと、俺はまーくんのこと可愛いって言ってるだろ」

「っ、」


心臓が、爆発した。
う、うう…もう、そんな顔でドキドキさせるような言葉を吐かないでほしい!!


「いや、おれは、可愛いじゃなくて、」

「…?」


それもくーくんに言われると嬉しいけど、


「格好いい、とかは?」



やっぱり男だから可愛いよりは、そっちの方が嬉しい気がする。



「んー…まーくんはどっちかっていうと綺麗って言われる方かな」



「凄く綺麗だよ」とおれの頬に手で優しく触れてきたくーくんがまるでホストみたいに口説いてきた。い、いつの間にそんな能力を身につけたんだ。なんか嬉しいのか恥ずかしいのかよくわかんなくて、涙出そうになってきた。「ひ、にゃ」と意味のない言葉が勝手に口から漏れて、「そ、そういえば」とぐるぐる考える。



「くーくん!!」

「…ん?」

「痛いところ、治しに行ってたんだよね?」

「うん。行ったというか、ほとんど無理矢理だったけど」

「さっき、連絡があったって、言ってたけど…」


だいじょうぶ、なのかな。最初、くーくんは大分良くなったって言ってたけど、もしかしてちゃんと全部直してもらってないのかな。

心配になってくる。

だけど、くーくんはチラッとこっちを見て、


「嫌だ。戻りたくない」


ぷいとそっぽを向いた。
そうして、悪戯っ子な子どものような笑みを浮かべる。



「まーくんが心配だったっていうのもあるけど…それよりもすぐに会いたくて、…勝手に抜け出してきちゃった」

「…え、」

「本当はまだ出てきちゃいけなかったんだけど、全部放置してきた」


「あーあ、やっぱりばれた」と軽く笑って、おれのお腹の方を向いたくーくんが膝枕のまま、腰に腕を回して顔を埋めてくる。ぜ、ぜったいに唇触れてる…!!
うぎゃ、吐息がお腹に当たってくすぐったい。


「だったら、」と言いかけると、それに首を振って「もう治ったから大丈夫」と言葉にするくーくんに、「う、うん」とまだ不安なところがたくさんあるけど、だけどくーくんがそう言うなら無理にどうすることもできないしと気分を切り替えた。


「おれに会いたくて、抜け出してきた?」


嬉しくて、もう一度確認するように問うと、こくんと頷く動作。
prev next


[back][TOP]栞を挟む