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ひぐっ、ひぐっと子どものように、お願いした。
「おれ、には、…ぐーぐ、しか、いなくて、だから、…っ」
「……」
「…おねが、すて、な、で…っ、いかない、で…ッ、」
「…本当に、これからも…何があったとしても、俺だけを愛してくれる?」
「……うん、うん…っ、!!だいずぎ…ぃっ!」
やっと言葉を返してくれたことが嬉しくて、こくこくと勢いよく頷く。
…これでもまたどこかへ行ってしまったらどうしよう。
このまま突き放されて、もういらないって言われてしまったらどうしよう。
「…っ、ふぇ…ひっく、」
怖くて怖くて堪らない。
歯を食いしばっても隙間から零れる涙声に、最早涙で溺れて息ができなくなりそうだった。
…そして、少しの沈黙の後、
「…もう充分、かな」
「…あ、…う…っ?、」
吐息まじりに、ぽつりと零された小さな言葉。
頭の上に乗っかった手に、柔らかく撫でられる。
「ごめん」と申し訳なさそうに謝る声の後、おれから離れようとくーくんが後ろに足を引く。
「…や、はなれるの、やだ…っ、」
無我夢中で離れまいと腰に回した腕の力を強くしてぎゅうううっと抱きしめると、「違うよ。離れたりしないから」と優しい声音で、「いい子だから、ちょっとだけ緩めて」と言われて「…ほん、と…?」といまだに涙で視界が見えないから不安になる。
「うん」と頷くくーくんに、やっとのことで少しだけ力を緩めた。
そうすると、目の前で床に膝をつけた彼の腕が首に回される。
後頭部に回された手によって、胸に押し付けられた。
そっと抱き締められる。
「あーあ、俺、やっぱりまーくんには甘くなっちゃうなぁ…。他の奴なら頭踏んづけてでも、零れた分全部舐めさせたのに」
「…っ、?、や、る…?やった、ほうが、いい…?」
泣き腫らした顔のまま、くーくんを見上げて尋ねる。
…と、よしよしと頭を撫でられて「しなくていいよ」と優しい声が聞こえた。
「…意地悪して、ごめん。もう酷いことしたりしないから」
「ほんと、…?もう、おこっで、ない?…ごめ、ごめんなさい…っ、ふえ、くーくんに嫌われたら、いぎでいげなぃ、…っ」
おれも首に両腕をまわして抱き付いた。
くーくんの香り、くーくんの優しい声、頭を撫でてくれる手。
彼の体温に包まれて、抱き締めてくれた歓喜に安堵で涙を零す。
「うん。怒ってない。元々怒ってたわけじゃないけど…まーくんがおいたしたから、俺からのちょっとした可愛いお仕置き」
「…っ、ふ、ぇ…っ、」
酷い嗚咽を交えて泣きじゃくる。
全然可愛いお仕置きだなんて思えないけど、それに文句を言うこともできずに、抱きしめてくれる身体に全力で縋った。
まだ、涙が止まりそうにない。
「本当はわかってるんだ。俺がこんなことできる立場じゃないってことも、…わかってる」
おれの髪を撫でながら耳元で吐息まじりに囁く低く掠れた声。
頬を優しく包むように触れてくる手に、ぎゅっと閉じて涙を零していた瞼を開く。
「だけど、だめだってわかってるのに、…そんなまーくんをもっと傷つけたいって気持ちがどうしてもとまらないんだ」
「……っ、ひ、く……う?」
「…嗚呼、なんでだろ。こうやって俺に泣かされるまーくんの顔って心臓がやられそうなくらい…凄く可愛いんだよ」
頬の涙を舌で軽く舐められる。その感触に、身体を震わせてぎゅっと瞼を閉じる。
持て余したようなため息を吐いたくーくんは、地面についたままのおれの膝の裏に腕を差し込んで抱き上げてくる。
「ぎゃ、」
「…ちょっと悪いんだけど、体勢が安定しないから頑張ってそのまま首にしがみついてて」
片腕だけしか使えないくーくんによって抱っこされて、必死に落ちないようにとその首に腕を回す。
周りを気にするように警戒した表情で左右を見た彼に、部屋の中まで運ばれて、そこにおろされた。
涙が止まったけど、ずっと泣いてたせいか頭がぼーっとする。
目の前で座ったくーくんの膝の上に、向かい合う体勢で乗せられた。
格好いい彼の真剣な表情がおれをじっと見る。
「わかったら、二度と俺以外にその言葉を言わないこと」
「…うん、もう、言わない」
かなり身に染みた。
こくん。頷く。
「…まーくんは知らないだろうけど、この家のなかでは人のことなんか性欲処理道具にしか考えてない奴等がたくさんいるんだよ」
「……?」
「………それに、俺がずっと守ってあげられるわけじゃない」
そう呟いて、不意に暗く陰る彼の顔を不思議に思いながら、いつにも増して深刻な雰囲気に戸惑う。
「あと、どうしても欲しくなったら言って。…俺のでいいなら、いつでもあげるから」
「……へ?」
もう言わないって約束かと思ったら思いの他、別の言葉だった。
…あれ、今思い返すとさっきも”俺以外に”って言ってたっけ…?
涙が引いた後の余韻のせいで、頭が痺れてるようでうまく働いていないのを感じる。
キョトンとする。
「それと、…これから、俺が一緒にいられる時間が少なくなると思うけど…ちゃんと一人でお留守番できる?」
「うん…っ、できる」
……?
(…少なく、なる…?)
何か今聞き捨てならない言葉が耳を通り過ぎていったような気がするけど、…とりあえず、くーくんの機嫌が良くなったからもうなんでもいい。
ちゃんと優しく話しかけてくれるから、それで充分幸せな気分で満ち足りていた。
今ならなんでもできる気がした。
「わかった?」
「うん!わかった!」
幼稚園の先生みたいな感じに軽く首を傾げるくーくんに、はーい!と元気よく了承する。
「良い子」
「えへ。でへへ」
(褒められた。くーくんにほめられたー!)
よしよしと頭を撫でられて、にやける。
しっぽをぶんぶん振るおれ、ちょろい。
さっきあれだけ冷たく怒られてしまっただけに、反対に今は凄く優しくて、あったかくて、だから、何十万倍、何千倍…なんて言葉にできない程の幸せな気持ちが全身を包み込んでいるのを感じる。
……抱き締めてくれて、頭を撫でてくれて、
そんな優しい彼の腕のなかで、疲れ切った身体は電池が切れたように眠りに呑みこまれた。
―――――――
「…くーくん、大好き…、だから、起きるときも、そばに…」いて、と必死に睡魔に抗いながら願った言葉に、頭を撫でてくれる手と、「…うん、いるよ」と応える声。
それで、やっと安心して眠りにおちることができた。
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