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「……――」
重い瞼を開けると、胸元にある何かに腕を回していることに気づく。
夢から覚めたと気づくと同時に、視線を少し下に向ける。……と、目を閉じて静かに寝息を立てるその姿に安堵して、ほっと息をついた。
いつの間にか、抱きしめたまま寝てしまったらしい。
……異常なほど、怠い。
意識は覚醒しているのに、身体がうまく動かない。
その原因がわかっているだけに、苛立つ。
ふいに視線をずらし、そこにあるはずのものがないことに気づいて、思わず呼吸が止まりそうになった。
嫌な感じに鼓動が跳ねる。
(…鎖が、ない…)
無意識にその手首に視線を向けて、言葉を失った。
普段だったら絶対にやらないミスに血の気が引いて、でもいまだに腕の中にある温かみに改めて安堵する。
まーくんは、俺が寝ている間起きなかったらしい。
「……(起きていたら、)」
そんなことを考えたくもないけど。
…きっとまーくんが先に起きていれば、今頃俺はひとりだったはずだから。
存在を確かめるように、抱きしめると苦しそうに小さく呻いた。
抱きしめた瞬間、そのやわらかい綺麗な髪からシャンプーのいい香りがして。
それが自分と同じ匂いだと思うと、それだけで嬉しい。
痛いくらいの感情に、ふっと頬が緩む。
同時に目もくらむような安堵感が胸に広がって、気持ちが落ち着いた。
それから状況を整理するために、昨日の出来事をまだはっきりとしない思考で思い出しながら、脳裏に浮かんだ光景に眉を寄せた。
「…………」
まーくんが、男に襲われた。
それも、相手の男がガラスを割って入ってきたとかではなく。
(……まーくんが自分で鍵を開けた)
何故、なんて最早考えたくもなかった。
ぐ、と唇を噛んで感情をおさえようとしても、脳裏に焼き付いた光景に、微かな苛立ちに似た感情が腹の底で渦巻くのを感じた。
それでも、正気を保っていられるのは、俺の名前を呼んで、俺に助けを求めていたから。
…いつか襲わせるふりをして、助けを求める時に最初に名前を呼んでくれるかどうか試そうと思ってたけど。
意図せぬところで、その企みが実現してしまった。
でも、自分の見ていないところで勝手に誰かがそれをしたことが許せない。
そういう行為をする意図で触れたのが許せない。
まーくんに、あんなことまでさせやがって。
部屋に入った瞬間、漂ってきた匂い。ぐちゃぐちゃに涙で濡れた顔。晒されている肌と、上に馬乗りになって腰を押さえつけている男の姿。
まーくんの唇の端から顎にかけてついていた”それ”と、床に零れていた”それ”が同じもので、誰のものかなんてすぐにわかった。
その瞬間、何かがプツリと切れる音がしたのを覚えている。
詳しい状況は後で監視カメラをみればわかるけど、大体の想像はつく。
(本当に、あの時殺せばよかった)
……でも、まーくんにそんな場面は見せたくない。そういうことをする自分を見られたくない。そう考えると、今となっては良かったと思える。ただ殺すだけでは足りない。
処分方法を思索しようとして、……途中でやめた。こうして傍にいるのに、余計なことを考える時間が無駄だ。
どうせ、あの男はもう逃げられない
息を吸って、思考を切り替える。
集中するために瞼を閉じた。
今はこれからどうするかを考えなければいけない。
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