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ううう…と嬉しさと恥ずかしさに塗れながら「おれもくーくんのためなら、なんでもする!」と告白おーるおっけー!おれもすき!みたいな勢いで答えながらひたすら彼の胸に顔を埋めた。
「…うん。ありがとう」と優しい声が答えて、満足する。ぶわーっと心が満たされた。
いつものように髪を撫でてくれる手にぐふふとだらしない笑みを浮かべていると、
「まーくんがそのままでいてくれたら、…多分、まだ信じていられるから」
「…っ、う、…お、?」
抱き付いていた身体が離れる。
…と、前髪を手で軽く避けられた。
直後、柔らかい感触がおでこに触れる。
脈絡のなく、予告もなかった行動に、目をぱちくりとした。
そして「…あが、」と変な音を口から発して一瞬後に理解する。
「俺とまーくんは、あの日から…まーくんが俺を助けてくれた日からずっと一緒で、初めては全部まーくんで、誰も他の人間なんかいなくて、」
「…っ、」
何事もなかったように続けられていく言葉。
(…い、今のやつのせいで全然頭に入ってこない…!!)
わざとか、と思えるようなタイミングでむぅと眉を垂れさせる。
あわわわと、その感触が確実に彼の唇のものだと知ってぶるぶる震えて真っ赤になりながらそこを手でおさえて見上げた。
…けど、
「俺は、俺のままでいられてるって、思えるから」
「……っ」
「まーくんの知ってる、くーくんのままだって、」
不意に耳に届いたその言葉に、首を傾げた。
「…おれのしってる、くーくん…?」
「……うん」
慌てるおれなんかに構わず、ふ、と寂しそうな笑みを浮かべて、甘えるようにおれを抱き締めてくる。
そうしたら、と
彼はいつもの言葉の続きを
「…もっと、まーくんが望むような世界を作るために頑張れるから」
そう、呪いの言葉のように、また、”おれ”に約束して、
「…――っ、」
ひく、と喉の奥が痙攣する。
そこから続けられる言葉に、…嫌な予感が、した。
「だから、」
「…だめ」
何かを話そうとしたその口を、両手でふさぐ。
…そんなおれの行動に困ったような表情をするくーくんから目をそらして、知らんぷりした。
その反応にやっぱりって思う。
また、いなくなる気だったんだ。
むぎゅうと眉をこれ以上ないくらいに寄せる。
「…まーくん、」
「また、いなくなるの、だめ…だから」
ふるふると、首を振る。
いつもよりちょっと強い口調で何度も否定した。
「おれを傷つけないために、って、そんな理由で離れられるの…嫌だ」
「……」
「やだ。そんなの、ぜったいにやだ。」
わがままだって言われてもいい。
いい子じゃないって言われてもいい。
どんなことがあっても、くーくんとまた離れるのだけは絶対に嫌だ。
「…ね、くーくん。そんなこと、しなくてもいいんだよ」
「……」
「おれ、くーくんのことがだいすきで、だから頑張ってもらわなくても、今で、充分…幸せ、で…もう、これ以上なんて、」
お願い。お願いだから、もう離れるなんて言わないでください。一人にしないでください。と懇願するように彼にしがみつく。
なのに、
「…違うんだよ」
静かに否定されて、ぴたりと言葉が止まる。
(…ちがう…?)
その声音が、軽く拒絶に近いものを含んでいるのを、感じた。
くーくんのそんな声は聞いたことがなくて、ショックを受ける。
無意識に縋りついた指に力が籠もった。
……ちがうって、
「…なに、が…?…」
「…その好きは、俺の求めてる好きとは違うから」
胸に埋めていた顔を、上げた。
くーくんは大人なのに、こんなに大人になったのに、想像していたどれとも違う表情で
……おれの想いを、全否定した。
「…ちが、…う…?」
「……」
「違うって、なに…?」
ぽつりと、震える唇から零れた疑問。
冷水を頭の上からぶちまけられたように、全身から温度がなくなっていく。
今までだったら、好きって言ったらその言葉を返してくれていたのに。
今までだったら、いつもみたいにぎゅっと抱きしめて好きだよって言ってくれたのに。
呆気に取られたまま、彼を見上げる。
「くーくんと、一緒…だよ?いっしょのすき、で、」
「……違うよ」
また、伝えて
……なのに、また拒まれた。
ひゅっと喉が変に空気を吸う。
なんで
なんで
なんで
さっきまでの嬉しかった気持ちが、嘘のように萎んでいく。
殴りかかるような勢いで、その裾を掴んだ。
じゃあ、そんな風に言うなら、
「…っ、なら、どんな好きなら、信じてくれるんだよ…!!!」
「……」
「違わないって、言ってるのに…っ、くーくんのばか!わからずや!」
指先が白くなるほどぎゅっと握って、内側から湧き上がる怒りと悲しさに涙が零れた。
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