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…と、何故かそのおれの言葉に、彼は辛そうな表情を浮かべる。


「…?」


どうしてそんな顔をするだろう、と疑問に思いながらも、視線をおとして、…少しだけ浴衣に隠れている彼の性器に、なんとなくすっと軽く指を這わせてみた。


「ッ、ちょ、」

「…ぁ」


ソレがすぐに反応して、むくむくと硬くなるのが見えた。



「……何、してくれてんの」

「…ご、ごめ…っ」



意図的でなかったためにぱっと手を離した。でも、その変化に嬉しくなる。それから自分の唇に触れて、…羞恥心に駆られながらも、それに、と彼をちらりと盗み見るように見上げた。



「おいし、かった、よ…?」

「…っ、」


そう続けて、へへっと照れ笑いを浮かべる。

そんなおれに、また頬を染めて


「まったく、まーくんは…本当に、…」


と何故か口元を手でおさえて隠して恥ずかしがるくーくんにもっと嬉しくなって微笑んだ。



……と、



――――おいしい、です、ごしゅ、じ…――



「…っ、」


違う記憶が、なだれこんできて、

びく、と肩を震わせた。


「まーくん…?」

「…っ、ぇ、」


嘔吐感が込み上げてきて、口を覆う。
以前に鏡で今の自分の姿をみたときよりも、ずっと強い吐き気だった。


    ――――もっといい子だったら―――


――――嫌いになれ―――


    ―――さえいなければ、こんな気持ちにならなくて済んだのに――――


  ――なんでいなくなってくれないんだよ――――


          ――――貴方のようなみっともない――傍に――

 ――――俺が死ねば、まーくんは幸せに―――――




「…―――――っ、!!!」



考えたくない。
考えたくない。
考えたくない。

…なのに、


「…ぅ、ぇ…っ、」
    

べしゃっ、
口の中から、何かが溢れ出てくる。
身体が、大げさなほどに震えた。


「…っ、まーくん…っ!!?」


叫ぶような声。

胃がひくひくと痙攣する。
頭がぐらぐらする。


「…っ、ぁ…!」


頭を、見えないものでガン!と殴られた。
それぐらいの勢いで世界が見えなくなる。
火花が散る。

目の奥に激痛が走った。
…眼球を外側に押し出されるような、痛み。



「…っ、ぃ゛…ッ、!!た、…ぁ」


…痛い。どうして。なんで、こんなに、痛くて、目が、痛い。手で覆っても、押さえてみても、マシにならなかった。
あまりの痛みに熱い涙が勝手に頬を伝う。
これならいっそのこと、目を抉ったほうが楽なんじゃないかと思えるぐらいに。


おさまったはずの痛みが、全身に広がっていく。包帯を一応巻いてはいるけど、だいぶ治ったはずなのに。まだ熱い。痛い。苦しい。
さっきまで快感ばかりを生じていた性器が、後孔が、裂けるような激痛を訴えてくる。


それに、頭の中でまだ声は鳴りやまなくて、


   ――お姉ちゃんと、今日も楽しいこと…しよっか――

 ――アイツを、……殺してみせろ―――

   ――まふゆくん。君の大切な人を取り戻したいなら――

       ――俺にはもう、…必要ないのに――

――君は、今病院に――

              ――くーくんが、今日もいない――

―――その人を守りたいなら、今からいうことを――




耳鳴りが、する。
鼓動が速く鳴る。



「…ぁ、…ぇ…、?」



今更、気づく。

視界が真っ暗で、


……何も 見えなかった。



「…っ、や、」


見えない。
目が、見えない。


「なんで、やだ…っ、こわ、怖い、…よ…っ、くーくん、くーくん…っ、」


(どこ、どこに…っ)


見えない。瞼は開いているのに、そのはずなのに真夜中みたいに何も見えない。


――家畜――


覚えのある、声。

手首に感じる、冷たい感触。
鎖、鎖、鎖が、手首と、足に、…冷たい、コンクリートの、


口のなかの、べたべたした…舌触り…


「…っ、ぁ、」


手を伸ばす。
見えない視界で、もがく。

べたべたと、まるで誰かの血がついているみたいに濡れている手を、がむしゃらにふりまわした。


「…くーく、たす、け…っ、ぁ…、?」


すると手が、何かに触れる。
人の感触じゃない。


…固い手触り。


(…か、べ…)


全部考えない。
…考えないようにするためには、


「…っ、かんがえない、…に、する、…」


勢いよく振った頭を壁にぶつけようとして…「…ッ、だめだ…っ、!!」「…っ、」見えない何かに包み込まれた。

すぐ傍に感じる自分より大きな身体。
…彼独特の甘くて優しい香り。大好きな匂い。


「…ぁ、」


少しだけ、落ち着く。
ぎゅうと強く抱きしめてくれる身体に、ふ、と全身から力が抜けた。

ずるずると、膝から崩れ落ちる。
一緒にくーくんもおれを抱きしめながら床に崩れた。

頭の中の声が止む。
映像が遠くなる。


(…くーくんは今傍にいる。おれを、抱きしめてくれてる。傍にちゃんといる)


いなくなったり、してない。

そのことに、ほうっと安堵に息を吐いた。
泣き笑いに似たものを浮かべて、言い訳を吐きだす。


「へ、へ…さっきの、くーく、のま、ね…しようと、して、みた」

「…っ、…まーくんといると、心臓がもたない…」


後頭部に回された手によって、肩に頭を押し付けられる。
息を切らして軽く上下している彼の胸。

そこに熱い瞼をおしつける。
わきあがる感情に心臓が押し潰されそうになって、くしゃりと顔が歪んだ。
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