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……
………
ふらふらと、手探り間隔で歩みを進める。
裸足で足の裏に木の感触を感じながらぺたぺた。
見えない視界で、求めるように両手を宙に彷徨わせた。
「ほらまーくん、俺はこっちだよ」
「…っ、くーくん、いじわる…」
少し前から、楽しそうな声。
さっきまでうまく歩けないからって理由で手を繋いでいてくれていたのに、…どうしてか離されてしまった。
初めて親の方に歩く子どもみたいに、歩き方がおぼつかない感じになる。
「はは…っ、そっちじゃないよ。もっと左」
「…む、む…」
やけに弾んだ声に促されて、方向を修正する。
彼の居場所を探して歩くおれに、声だけで自分の方向を教えてくる。
「ほら、早くしないと置いていっちゃうよ」
「…っ、ちょ、ちょっと待って、」
急かすような声に焦る。
きっとゆらゆらと紺色の浴衣の裾をはためかせながらこっちを振り返っているだろう彼に、ちょっとだけ頑張って歩みを早めた。
…――あの後、
おれが彼の手を握った後、
部屋を出る直前
「はい」
「……???」
「これつけて」
何故か、黒色のはちまきのようなものを渡された。
…随分と見覚えのあるもの。
ぱちくりと目を瞬かせる。
「なに、これ」
「…?まーくん、知らないの?それは目隠しっていうもので…」
「そ、そのくらいしってるし!」
むぅと眉を寄せる。
小首を傾げるくーくんに思わず声を荒げた。
おれだって、そこまでばかじゃない。
「そうじゃなくて、なんでこれをつけるの?」
「まーくんの瞳に俺以外が映るの、絶対に嫌だから」
「……っ、」
真剣な熱い眼差しで突然そんな予想外のことを言われて、カッと頬が熱くなる。
「…そ、それは、その、」独占欲…というやつ、なのだろうかと少しポジティブに受け取ってみながらもにょもにょと唇を動かすと、彼は躊躇いなく「うん。独占欲」と微笑む。「っ、ぬ」あわわわ熱い、照れる。嬉しい。本能でぎゅっとしたくなった。
「で、でででも、これつけたら、おれうまく歩けなく、」
「だから、手取り足取り付き添って歩かせてあげる」
ただでさえ鎖も手足についてるのに、と半分以上もう条件反射で彼の言葉に従おうとする心にかろうじで働いている理性でブレーキをかけて口答えしてみると、…既に用意してあったらしい答えが一秒と経たずに返ってくる。
「だけど、それは流石に…」
あまりの甘い雰囲気に、うあああとどうしたらいいかわからなくなってくる。
視線を下に向けて浴衣の裾をぎゅうっと掴み、それでも、と躊躇った。
「…まーくん」
「…ん、」
すると、おれの名を、呼ぶ声。
こくんと頷いて、顔を上げる
…と、
「…まーくんの瞳に映るの…俺だけじゃ、だめ?」
覗き込んできて、それから小首を傾げる彼に、ぐ、と唾を飲みこんだ。
きゅんポイント的なものをどがっ、ぶしゅっと刺された。
(…狡い。くーくんは狡すぎる。)
おれがそんな風に言われたら、だめって言えないこと…知ってるくせに。
…そうして、「…だめじゃ、ない」と真っ赤な顔で白旗をあげることになったおれは
現在彼の思惑通り、目隠しをした状態で屋敷の中?を歩いている状態となっているのである。
「これって他の人からみたら、おれ変な人だと思うんだけど…」
「うん。変かも」
「…う、…へん…」
さらりと肯定されてしまった。
…うう…ショック、と内心傷ついていると、「嘘」と続けられる声。
伸ばしていた手を、下からすくいあげるように優しくとられる。
「必死に俺の方に歩いてきてくれるまーくんの姿、…凄く可愛い」
「っ、」
「…だから、さっきからずっと抱きしめたくなるのを我慢してた」
包帯越しに、手の甲に触れた吐息と柔らかい感触。
(…ま、まさか今のって、)
ぶわぶわと脳内でその光景を想像して耳を熱くしていると、「……やっぱり、外に出したくなかったな」なんて、ため息まじりな台詞が零された。
不意に声質が変化する。
艶やかで、少し掠れた…低めの声。
「…本当は、俺がいないと歩けないようになってほしいんだよ」
「ん…っ、ちょ、くすぐっ、たい…」
「でも、まーくんはそんな風にされたくないだろうし。俺も傷つけたくないから」
手の甲に触れているやわらかい感触が指先の方に動いて、背中がゾクゾクする。
見えないから、余計に敏感にその触れているものを感じてしまう。
びく、と震えて手をひっこめようとすると、強く掴まれてその行動を妨げられた。手の先にまで到達したその感触が人差し指のさきっぽをはさんで、キスするように軽く吸い付いてくる。
「……っ、…」
(…びりびり、して、変な気分になる…)
唇から鼻にかかったような息が零れる。
脳裏にそうしているだろう彼の姿が思い浮かんだ。
……手足を鎖で繋がれて、目隠しをしているおれの前にひざまずくようにして、床に片膝をつき、指先に口づけている…くーくんの姿。
「…ん…ぅ、っ、あ、の…っ、」
「何?」
「…み、みえないんだけど、…っ、ここって、部屋の外、だよね…?」
「うん」
そうだけど。と、なんてことないように肯定する声に、いやいやいやそうじゃなくて!と思う。
だって、色んな人の気配もするし、話し声も聞こえてくる。
…それに、さっきから何度かくーくんは挨拶されたり誰かに話しかけられたりしてた。寂しかったり、嫉妬だったりでむくれるおれに、彼は嬉しそうに笑っていて、
…つまり、そういう公共の場所で、くーくんが、おれの、…っ、おれの指に、…「…嫌?」「ちがう、けど…」勿論嬉しい。くーくんにしてもらえることはなんでも嬉しい。
でも、実際に今自分がどこを歩いているのかも、どんな感じで他の人にこの状況をみられているのかもわからないから、正直怖くてどきどきしてしまう。
それだけじゃなくて、確かくーくんはこの屋敷の中で偉い立場で、…だからこんなことをおれみたいな人間にしているところを他の人に見られても大丈夫なのかなと心配になる。
「この際だから、まーくんが俺にとってどういう存在なのか…ちゃんと周りに教えておかないとな」
「……?…ぁ、」
手のひらをすくいあげていた彼の手が、離れた。
その温かかった感触の喪失感に小さく声を零す。
「…っ、わ、」突然、おれの身体を抱くようにして背中をとおって肩に回された片手(?)に、ぐいと前に身体ごと抱き寄せられる。多分そんな感じだった。見えないからよくわからないけど。焦る。
(…一体何が、どうなって、)
今自分の状態もよくわかっていないのに、何故か肩を抱いているのがくーくんだとわかる。
それは、近くに感じる息遣いとか、左腕は何か理由があって使えないらしいから今おれの右肩に背中を通して抱いているのが彼の右手だからとか、抱き寄せられた瞬間に胸や手に触れた身体からくーくん独特の甘い匂いがしたからとか、
……触れられた瞬間に、くーくんだけに感じる安堵感があったから、とか
いっぱい、彼だとわかる要素があって不思議と視界は真っ暗なのに恐怖心はなかった。
どうしたの?と聞こうとして、顔を上げた
瞬間、
「…っ、?!!!」
「……、」
……――――唇を、重ねられた。
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