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唇に押し付けられる柔らかい感触に、「…っ?!!?!!」パニックと動悸と爆発的な心臓が拍車をかけてきて頭が真っ白になる。

背中から肩を片腕で抱き抱えられたまま、息を吸うために開いた唇の隙間からくちゅ、と舌を差し入れられる。体勢が体勢なだけに、逃げようとしても逃げられない。いつも部屋でやってるみたいに、あたかも自然なことのように口腔内をなぞられる。


「…っ、ふ…っ、」


ちょっと待ってと言いたい。本気で状況を掴めてない。


……くーくんからしたら、別にいいんだろうと思う。
おれと違って目隠しもしてないし、周りの様子もみえてるはずだし。…そもそも、ここくーくんの家だし。


でも、


…でもさ、


(…っ、こ、こっちはなにがなんだかわからないんだけど…っ)


きっと、ここまで翻弄されて、パニックに陥ってるのはおれだけだ。


ななななななんでいきなりこんなことにっていうか、一応、多分絶対に今キスしてるのはくーくんだってわかってるけど、この見えない状態だと今キスしてる相手はもしかして他の人だったらどうしようとか不安になっちゃったりするわけで、…もしくーくんだったらだったでキスするならするって予告してほしい。


それに、ここ部屋の中じゃなくてだからくーくんがいきなりこんな…ちゅ、ちゅーとか、してくるのはおかしくて

それにさっき吐いたばっかりだからどうしようおれ大丈夫かな汚いのにだけど嬉しいとかよくわからない感情がうわわわあばばばと故障した機械みたいに脳が文字を沢山浮かび上がらせてくる。



「…っ、は…っ、」


飲みこみきれなかった唾液が唇の端から零れた。
…それから、お互いの吐息や感触の名残りを惜しむようにして、唇が離れていく。


「…ぁ…、」


キスのせいか、眩暈がした。
全身から力が抜けて、がくんと膝から崩れるようにして腰が抜ける。

…と、腰に回された腕に身体を支えてもらった。
お礼を言いたくても絶え絶えな息で言葉がままならない。ぎゅう、と見えない視界で彼の浴衣だろう場所を震える指で掴む。


すると、頭の少し上で息を吸うような気配が、して





「…ってわけで、まーくんに触ろうとしたり、手出そうとしたりするヤツは全員殺すから」



「…―――ッ、?!!」





腰を抱きかかえられたまま、宣言するように告げた冷たい声音に、…また心臓がとまりそうになる。
目隠しの下にある瞼がぴくりともしない。

決して大きな声ではないのに、くーくんの声は透き通るように凛としていて、よく通る。

周囲に静寂が訪れた直後、一気にざわついたのを感じる。その混乱と戸惑いの音に、想像していたより結構な人数の人がいることを知った。

だけどその騒めきと対比して、おれの心の中は怖いくらいに静か…で、

…というか、何も考えられない。


(…今、くーくん、なんて…言った…?)


…耳に入ってきた言葉は、紛れもなく夢じゃなくて、幻でもなくて、

数秒経って、じわじわと脳にその言葉の意味が染み渡ってくる。

(…おれに、触ったら、って…)

瞬間、ぶわあっと頬が熱くなった。


「…っ、な、なに、くーく、なに、を…っ、」

「まーくん、外したらだめだってば」


目隠しを外してとにかく周囲を確認しようとすると、咎めるように降ってくる声。
「ぬ、ぐぬ…」約束を思いだして目隠しにかけた指が中途半端にとまる。

ちゃんとそこで指をぴたりと留まらせると「いい子」と優しく零された褒め言葉に、嬉しいやら悔しいやら幸せやらでむぅと頬を熱くしたまま俯いた。

まったくもう、おれの気もしらないで。「…む、」仕方ない。さっきのキスで全部許してあげよう。なんて、くーくんには本当に甘々になる感情に負けて、顔を上げる。「くーくんの…」ばか、と言おうとした



…その時



「…蒼様、これは一体どういうことですか」



怒りを含んだ、声。

…それは、やけに聞き覚えのある女の人のもので、その敵意の込められた視線がこっちに向けられているのをなんとなく感じ取る。


びくり、と無意識に身体が震えた。


露わにされている怒りの感情をひしひしと全身で感じ取って、足が半歩後ろに下がる。
…くーくん、と不安と動揺からその名を呼ぼうとした。

すると手を掴まれて、ぐいと引っ張られる。


「…わ…っ、」


女の人の声とは逆の方向に、遠ざけるように身体をもっていかれた。
「…っ、うわ、わ、」突然の重心移動に足がつんのめって転びそうになったところを、支えてもらう。



「…あ、ありがと…」


(…こ、転ぶかと思った)

お礼を言って、ちゃんと体勢を戻した。
…手を握っている、多分くーくんのものだろう手の平の感触。
その温度が伝わってくるだけで安堵感が胸に広がるのがわかった。
こんなに緊迫した状況なのに、ほっとして自然と頬が緩みそうになってしまう。



「…後で、きちんと説明してくださいますよね?」



張り詰めたような声。
か細くて、チリンとなる鈴の静かな音色、みたいな。
…聞き覚えがあるはずなのに、いつ聞いたのかをどうしても思いだせない。

少しでもその姿が見えないものかと、目隠しの下で目を必死に凝らした。



「これぐらい良いだろ。…何。不満?」

「…っ、」


女の人に応える声は、いつもより冷たい。
この屋敷で女の人の声を聞く機会があまりないから、一瞬浮気しないかと心配になったけど、”様”づけで呼んでるから、そういう関係じゃないんだと知って安堵する。


(…けど、)


なんだろう。この、変な違和感。
くーくんが女の人に向けている声は、屋敷の他の人に向けていた雰囲気とも、少しだけ…違うような気がした。
心の中でうまく消化できない疑問に困惑する。


ミシリ、と床の軋む音がした。

それに続いて、


「…不満、です」


緊張しているように震えている、少し大きくなった女の人の声。


(…"不満"…って…、)


「…っ、」その言葉の意味を理解して、ぴくりと眉が寄った。
無意識に手を握る指に力が入る。


…と、


「…へぇ…」


それに応えるくーくんの声が、…変化した。
ふ、と笑みを零したような雰囲気が伝わってくる。


(…え…)


ドクン、

…その変化に、嫌な感覚が胸を締めつけてきた。



「俺の全部が自分のモノにならないと、嫌なんだ?」



囁くように、女の人に問いかける声。
それは…今までおれが知ってる、どの人にも向けなかった声音で


するり、


「…っ、ぁ…」


握っていた手が、離された。
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