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「…(…でも、)」


俯いて、ぎゅ、と服を握った。

…今からお風呂入ったら、くーくんとえっち、するって、


「ね、真冬。ちょっとだけだから」


少し強い口調でそう言ってくる澪に


「っ、…う、」


…促されるままにこくん、と頷こうとした瞬間、

ぐい、と手を引かれる。
おれを澪から守るように、黒色の浴衣が視界を塞いだ。



「今日は無理。俺はまーくんと一緒にいるって約束してるから」

「…っ、」


凛とした低めの声。
その声にぱっと顔を上げると、チラッとこっちを見たくーくんと目が合って優しく微笑んでくれた。

それから、きゅ、と握られる繋いだままの手。


「…ぅ、」


自分が言いたかったことをそのまま言葉にしてくれて、救われた気持ちになる。


「…ッ、ぐー、」


涙声に加え、濁音になっている自分の口を塞ぐ。
この場に二人しかいなかったらきっと泣き崩れてた。

けど、くーくんがこうして代わりに言ってくれたんだから。

おれだって、自分の口でちゃんと伝えないといけない。

…ごく、と緊張に唾を飲みこむ。

きっと澪は断られたくないはずなのに、先程のくーくんの言葉に喜んでしまった自分の気持ちに対する罪悪感と申し訳なさに気分が沈む。



「その、…おれとくーくんの約束、があるから。…ごめんなさい。澪の用事…後でいい…?」

「…後…、そっか…」


おれの言葉に、俯いてそう言葉を零した。

……諦めてくれたのだろうか。

一瞬凄く悔しそうに唇を噛んだように見えた澪が、ふいに不安そうな表情を浮かべる。
俯いていた顔を上げ、緊張しているような声を零した。


「ですが、…どうしても今から、蒼様にお話ししたいことがありまして」

「…話?」


怪訝に眉を寄せるくーくんの腕を掴んで、耳元に唇を寄せる。
かなり近づく二人の距離。

唇がくーくんの耳に触れてしまいそうな、

そう思えるほど傍で何かを囁いている澪の姿 に


「っ、」


思わず、手を伸ばしかける。

けど、途中で止めて、胸の前でぎゅ、と握った。

(…苦しい、)

…そんな二人の些細な仕草にさえドキっと心臓が跳ねて、反射的に目を逸らす。

バクバクと鳴る心臓の辺りを手で押さえた。

(…そんなに、大事な用なのかな)

ここまで食い下がってくる様子を見ると、その用事ってよっぽどのことなのかもしれないと思い始めてくる。

くーくんもおれが嫌がってるのをわかって、…きっとああいう風に言ってくれたんだろう。

多分、おれがあのとき…澪に聞かれた時にすぐに頷いていれば、こんな変な雰囲気にならなかった…はずだ。

そう思うと、段々辛くなってきた。
重石にのしかかられたように、気持ちが沈んで、心臓が早鐘を打つ。


「……(…くーくんだけじゃない。二人の、…迷惑になってる…)」


頭に浮かんだその言葉に、…だめだ、と思う。
おれは、もう誰かの迷惑になりたくない。
邪魔者だって思われたくない。

…このままここで駄々をこねて、くーくんに嫌われたくない。


でも、とくーくんを女の人と一緒に行かせたくないという気持ちが邪魔になって、自分の心の中に黒い渦を濁らせた。

こそこそっと何かを話す二人の様子に耐えられずにただ下だけを視界に映す。
…胸辺りの浴衣を痛いくらいに握っている自分の指。

その指が唇と同じぐらいに…震えているのを、見た。


「……、」


頭が痛くなりそうなくらいに一生懸命考えて…ふ、と身体から力を抜く。




それから、

…意を決して言葉を吐き出した。



「……………行ってきて、いいよ」

「…まーくん…?」


本当は嫌だった。
いかないでって言いたかった。
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