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言ってから、しまったと思った。

明らかに顔色を変えた蒼を見て、焦って首を振る。


「ぁ、今のは、」


 自分でもどう言葉にしていいのか迷って、間違えた、最悪の単語を先に出してしまった自分の愚かさに余計に狼狽えた。


「…――何、いってんの?」


(そうじゃない。そうじゃなくて、俺が言いたいのは、)


「あの、蒼、…――ッ」


訂正しようとする前に、強く手首を掴まれて引き寄せられた。
その瞳が、無感情に俺を見下ろす。

……怖いくらい、感情を読み取ることができない。



「痛…っ、」

「俺のこと、嫌いになった?」


冷たい瞳で、自嘲気味に笑う彼にふるふると首を振った。


「…嫌いじゃない…!!嫌いじゃない、けど」

「分かってる。まーくんは、優しいもんな。そう言うに決まってる」


そんなことを言って、瞳は冷たいのに、俺の頬に触れる手は優しくて。
胸が苦しくなった。

どうして、そんな言い方をするんだ。嘘じゃない、嘘じゃないのに。

そして蒼が懐から取り出したそれが視界に入って、青ざめる。

刃の部分を覆っていた鞘から抜けば、その刃先が鈍く光る。


「……っ、」


(なんで、ポケットナイフなんか、)


「……わかってる」

「…っ、」


俯いて小さくそう呟いた彼に、その普通じゃない様子に息を呑んだ。

(…っ、…まさか、)

蒼のしようとしていることが分かって、本気かと呆気にとられて、…でも、その瞳は闇のように暗くて、どうみても俺を揶揄っているようにはみえない。

どうにかして蒼をとめないと、と焦ってそのことだけが思考を埋め尽くす。



「まーくんをこんなところに閉じ込めてずっと鎖で縛りつけて自分のエゴでまーくんの人生を壊して昨日だって、俺は――」

「あ、あお…――っ」


壊れたように、小さく呟き続ける蒼の持つ、そのナイフが彼の首元に向かって躊躇いもなく向かう。

まるで体中から一気に血の気が引くような錯覚に駆られて、うまく呼吸ができない。
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