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自分を捨てられないようにって常日頃思ってるやつが、誰かを嫌いだと思えるほど自分を驕れるわけがない。

でも、コイツならできるはずだ。

一度、その感情によって壊れたこの家畜なら。


「ああ、お前のご主人様はここにいるぞ。一之瀬蒼の代わりに、これから傍にいてやる。…だから、もうアイツを嫌いになってもいいんだ」

「…ごしゅ、じん……さ……ま、が、そばに…ずっと…」

「そうだ。だから、俺がこれからも飼ってやるから、俺以外のヤツを嫌いだと思っても、ソイツにお前が捨てられることはない」


誰かを嫌いになるということは、ソイツとの深い関係をはじめから諦めるということだ。

つまり、コイツは自分が嫌いになることで、向こうに自分のことを嫌いになられることを恐れている。

誰かを嫌いになることで、誰も傍にいてくれなくなるのを恐れている。


…でも、今は俺という飼い主がいるから、その心配がない。

誰かを嫌いになっても、拒絶しても、少なくともこの人だけは傍にいてくれると安心できるはずだ。


「…あおい、を、きらい…に、」


風の音よりも弱々しい声。
ひゅーひゅーと気管支から漏れる音。
水で濡れた地面に置かれた手が、ピクリと小さく動く。

でも、段々と声は尻すぼみに消えていき静かな寝息が聞こえてきた。
気を失ったらしい。

元はさらさらな茶色がかった色をしていた髪も、今は汚れと血で固まっている。

目隠しをして手足と首を枷で縛られ、頬をこれでもかというほど涙に濡らし、びちゃびちゃに汚れて床に横たわる姿。

ああ、本当。惨めで可愛い家畜だ。


「は…っ、本当、ちょろいな。人間ってのは」


すぐに誰かに温もりを求めたがる。
そんなもの、得られるわけねぇってのに。馬鹿な奴ら。

ク、と喉の奥を震えさせる。

胸の奥からわき上がる高揚感に震えて、家畜部屋を後にした。


(次はアイツの様子でも見に行ってやるか)


階段を上がって、ミシ、ミシと木の板の上を歩く。
嗅ぎなれた古臭い木の匂い。
どこかおかしいくせに、どこもおかしくないように見える光景。

自分の部屋に戻って、支度をする。

家畜に会う時はいつも素顔だから、この格好のままうろちょろしてたら怒られちまう。

きっちりと服も着替えて、薄く化粧もして、部屋を出た。


屋敷内を歩いていると、男たちのうっとりとしたような視線が俺に集まってくる。

それを全部無視して歩き続けていると、ちょうど目的の部屋から襖をあけてその人物が出てきた。
思わず笑ってしまいそうな程深刻な顔つきで、心なしか俺を睨んでいるように見える。


あーあー、そんな美しい顔で俺を睨んでくれちゃって。

…こいつも、相変わらず顔に出やすいな。


「…あら、偶然ね。そんなところにいて、彼女の相手は終わったの?」


最早今は使い慣れた声。

普段よりも数段声を高くして、”彼”に笑いかけた。


「ねぇ、彼方」

「…椿さん」


ふふ、と小さく笑みを浮かべて、その頬に手を伸ばす。

じっと俺を親の仇のような瞳で見る癖に、こいつも俺に逆らうことなんかできない。

どれもこれも、俺の思いのままに動く玩具のようだ。


――――――――――

さぁ、次は何をして遊んでやろうか。
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