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上からぼたぼた水が降ってくる。
俺に覆い被さったまま、堰を切ったようにまた嗚咽を漏らした。


「違う」
  
    「これじゃない。」

  「こんなのじゃない。」

       「くーくんじゃない」

「やだ、嫌だ…っ…!!あ゛ぁ゛あああ…!!」


これでもかってほど俺に向かって失礼極まりない台詞を狂ったようにそう叫び、


ドン!!


「…っ、い゛!!」


思いきり突き飛ばされた。
というか、殴られた。

また激痛が走り、悶絶する。
苦痛に身体を折っていると、幼児の泣き声のような怨念のような言葉が部屋に響いてきた。



「…っ、ふ、ぇ、ぇ゛、なんでくーくんいないの、なんでなんでなんでなんで」

「…泣きてぇのはこっちだっての…」


散々な目に遭わされている。
それでもなんとかして身を起こすと、家畜が真っ青な顔でぺたぺたと床に触れながら何かを探しているのが見えた。
結局目当ての人物がいないとわかると、蹲り、自分の身体を抱き締めながら震え始める。


「…っ、ぅ、うう゛…ひ、っく」


体のどこかが破れるんじゃないかと思えるほど乱暴な泣き声。



「なんで…っ、なんでなんでどうして…おれは、おれじゃ、だめ…なの…ッ?」


腕を掴んだ自らの指で、爪で、肌を引っかき、抉り、血を滲ませた。
巻いてあったらしい包帯がたるんで緩んで滑り落ちていく。

自傷行為染みたその行動を繰り返し、血が腕を伝うほどになると地面に額を擦りつけ、一度叩きつけた。

ダンッと振動がコンクリートの床越しに伝わってくる。

「おい…っ、」

流石に今のは驚いた。
声をかけた俺なんて目に入っていないらしい。
下を向いたまま、ひぐひぐしゃくりあげている。
ひゅーひゅーと気管支から変な音を漏らし、苦しそうに呼吸をしていた。


『たすけて、』

『もう悪いことはしませんごめんなさい』

『お願いしますたすけてくださいおれをたすけてだれか、だれか』

『抱きしめて、傍にいて、』


意味不明な音声のなか、まだ形になっている言葉。
それ以外ではずっとアイツのことを呼び続けていた。
祈るように何度も何度も呟き、顔を覆い、痛々しく涙を流し続ける姿。


「ッ、」


(…くそ。俺が知るかよ)

別にこの家畜にはもう何の価値もない。

最初からコイツは所詮捨て駒だった。

…あの時も、『一生飼ってやる』って言葉も嘘で、蒼が死んだ後使うだけ使って結局飽きたら捨てるつもりだった。

けど、ほとんど身体を自由に動かせない今の俺にとっては肉便器としても使えねえし、アイツを悔しがらせるためっていってもできることなんてほとんどない。

しかも二度と顔を見せるなって言ったはずなのにのこのこのこのこと俺様の目の前に現れて、しかも御主人様と敬うどころか、ふざけたことにあの蒼と間違えやがったクソ野郎。

今だって勝手に泣き出して勝手に狂って勝手に暴走して、コイツがどれだけ勝手に傷つこうが血を流そうが死のうが何の関係もない。

ざまあみろ。

俺よりあいつを選んだ罰だ。
今近くにいる俺様より、アイツを呼んでいる罰だ。


「…っ、くーくん」


ざまあみろ。


「、ふ、ぇ…くーくん…」


ざまあみろ。


「…っ、どこ、くーく」


ざまあみ


「……ほんと、ふざけんな」


吐き捨てた声が、低く震える。

家畜のくせに。
家畜のくせに。
家畜のくせに。


…俺より、アイツを選んだくせに。



「くーく…」

「…いい加減にしろよ…っ!!」

「ッ、!!?」


気づいたら、その腕を強く引いていた。
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